ロックンロールの囚人
12.06.1996 

スティーブン・ローゼン著 田中雅子・城山隆 共訳
TOKYO FM出版 12.06.1996 初版刊行 1900円
問い合わせ先:TOKYO FM出版 (03-5210-7570))

「ボスの背中を」より抜粋

 1984年8月19日、ニュージャージーのメドウランズ・アリーナ。今夜ここで、ボスのライヴが始まろうとしている。
 どでかい駐車場に入ると、そこここでラジカセがスプリングスティーンを奏で、周りにたむろす連中はご機嫌にビールをあおっている。2万人は収容できる会場は、6時の開演の時間が過ぎているのに空席だらけだ。慌てることはなかった。やばくていい匂いの煙も会場に漂い、客電が落ちた時は8時を回っていた。すさまじい歓声の中〈Born in the U.S.A.〉で始まったステージは、遥か太平洋を越えてきた日本人ミュージシャンの期待をはるかに上回っていた。
 指盤がえぐれるほどに弾きこまれたテレキャスターを振りかざし、ブルースは全力疾走を続ける。その強力なスピードにぴったりと併走するE・ストリート・バンド。PAから飛びだすサウンドは、今までに行ったどんなコンサートでも聴いたことがないほどクリアだ。大音響なのにヴォーカルがくっきりと聴こえてくる。



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 センターマイクから離れたブルースは、ステージの前方に50センチほど低く作られた幅2メートルほどのスペースへ飛びおり、ソロを弾きまくる。ブルース以降多くのミュージシャンが寄ってたかって真似したから今ではお馴染みだが、当時その作りは画期的だった。たったそれだけの段差をつけたことで前後へ動くステージングが遥かにドラマチックになる。余談だが、かつてのブルースのステージではこの段差がもっと大きく、1メートルほどもあり、飛びおりたり飛びのったりのアクションがもっと派手だった。下へおりると最前列の観客の目と鼻の先までたどり着くことになる。日本のステージは2メートルもの高さがあり、客席までも3メートルは離れている。ステージと客席との一体感は望むべくもない。

 ブルース以降、いったいどれだけのミュージシャンが彼のステージングを模倣しただろう。テレキャスター(僕も買った)を振りまわし、サックスと絡み(もちろんやった)、袖に積みあげられたPAによじ登り(スタッフがスピーカーを固定する手に力がこもるようになった)、アコースティック・ピアノの上に飛びのり(会場すえ置きのピアノにそんなことをしたら、2度とお呼びはかからない)、1部、2部に分けて長いライヴをやる(それを実現させるために、そこら中のミュージシャンがブルースばりにマッチョを目指した)。

 アンコールまで進んだライヴは、その夜のクライマックス〈ジャングルランド〉へ。ブルースはサックスソロに合わせてこぶしを突きあげる。アメリカは電圧が高く、照明の色が濃く出る。会場の明かりがすべて点いているのに、スポットに包まれたブルースの姿は神々しいまでに真っ赤に染まっている。
 長い長いアンコールを終え、全31曲のコンサートは終了した。会場を出たところの階段で、僕は座りこんでしまった。時計の針は1時を回っている。5時間弱の長丁場、くたくただった。周囲を見ると、誰もが大騒ぎしながら車に戻っていく。


(c)1996 Takuji Oyama