「やれやれ、やっとバンドブームも終わったな」 「終わったね。ここしばらくやりにくくってしょうがなかったよ」 「次はどんなのが来るかな」 「さあねえ。えび天ってのが始まるらしいから、日本中が映画監督で溢れるんじゃないの?」 僕がステージクルーとこんな会話を交わしたのは、去年の秋口、日本中の野外イベントのステージで、ビート系のバンドが花火みたくポンポン飛び跳ね、それがやっと一段落した頃のことだった。まったくの話、ここ数年のブームのおかげでやりにくくってしょうがなかった。生きた心地がしなかったと言っても過言じゃない。
僕がデビューして今までの間に大きなブームが2回訪れた。ひとつめは尾崎豊君から始まったストリート・メッセージ・ロックンロール。8ビートに乗せて都会の愛と孤独をシャウトするロッカーがそこら中にゴキブリのように氾濫し、ブルース・スプリングスティーンばりにギターを振り回した(あいつらは今、どこで何をしてるんだろう)。 その熱が冷めやらぬうちに、今度は“バンド”の名の元に全国のアマチュアが深夜のイカマークを目指し始めた。この波は少々厄介だった。ちょっと歌を作ってちょっと楽器をいじって格好よくテレビで歌えば、誰でもプロになれると勘違いしたものだから、お池にはまってさあ大変。2匹目のどじょうが出るは出るは、日本中がピョンピョン飛び跳ねだした。 あるコンサート会場の近所で、オーディエンスのタテノリが震度3を記録した話は新聞にも載ったから知っている人もいるだろう。商店街のおやじが、「棚からものが落っこって困るんですよ」なんて苦虫を噛みつぶしているニュースが流れた。最近ビート系には貸さないという会場が増えた。風紀が乱れるとかそんな理由じゃなくて、2階席が落ちる危険があるからだそうだ。実際その手のコンサートを2階で見ていると、恐ろしいほど床が上下する。 ある人からこんな話を聞いた。最近会場の前に9時頃になると、中年の女性が何人も立つという。彼女らはコンサートに来ている小学生の女の子を迎えに来た母親なのだ。小学生! この話、笑える? 僕は笑えなかった。
かつてこの国でも時代の反逆者たる存在として生まれたロックは、いつしか牙を抜かれ、愛想笑いを植えつけられ、単純再生産の挙げ句に、子供のオモチャになってしまった。そしてその原因のほとんどは、やはり創る側にあるとしか言いようがない。大きなブームを自ら作りだし、それに踊らされる世間のケツに便乗し、お手軽で皆様に愛されるロックを作ってきた。これは売れると踏むと、数か月で新譜がリリースされる。レコード店の店頭はディスプレイで大わらわだ。結果 、世界一の機材を誇るレコーディング・スタジオはCD製造工場と化し、ノルマ通り、締切通りにソフトが排出される。膨大なプロモーションとタイアップで面白いように売れていく。百万枚が上限と言われていたのに、今や二百万枚を越えるレコードセールスが記録される。 しかしブームは確実に終わる。最初にブームに火を点けたやつは確かに“何か”を持っていて生き残りもするが、その後を追って出てきた者達は淘汰され消えていく。経営者たちは上がらない株を持ち続けるほどまぬけじゃない。まるで季節の変わり目に服を着替えるように新しいブームを作り出す。マーケットという名のリスナー達はそれに合わせて慌てて服を着替える。昨日までのアイドルからいとも簡単に卒業し、いつしか自分からも卒業する。それでもレコードは売れ続ける。新しい子供達が今日もレコードを手にする。 そして、そんな時代の流れに関係なく、信念を持って自分の目指す音楽をやり続ける者達もいる。しかしその姿は今の時代において、見方によっては滑稽ですらある。僕がそうだ。 そんなミュージシャン達が今の時代をどう思っているか……それについて書くスペースはない。もっともさほど書くこともない。なぜなら僕らミュージシャンは、もうとっくの昔にこんな日本の音楽産業に絶望し切っているのだから。
最後にリスナーとしての読者の皆さんにひとつ提案をしてみたい。 音楽を耳で聴いてみる、というのはどうだろう。音楽を聴いて感動してみる、というのはどうだろう。え、いつもやってるって? 嘘つけ。君達がそれをやってくれていれば、日本の音楽は100倍は進歩してるさ。
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