雑誌掲載コメント


私にとってのディラン(FM レコパル)

 僕の部屋のレコード棚には別格レコードのコーナーがある。そこにはジョン・レノン、ブルース・スプリングスティーン、トム・ウェイツ、そしてボブ・ディランが並んでいる。3ヶ月に1度くらい、酔っぱらった真夜中過ぎ、僕はブルース、ジョン、トムの順番で、そこからレコードを引っ張りだす。しかしディランのレコードを酔っぱらった時に聞くことはまずない。それどころか素面の時だって滅多に聞かない。なのにディランのレコードはその別格コーナーにでんと腰をすえたままでいる。何とも目障りだ。
 彼らのレコードを聞きながら、僕は彼らと話をする。
 ジョンは僕を上から下までジロジロ見た後、「それがおまえの一番大切なものなのかい? へーそうかい」と言いながらジタンを吸う。
 ブルースはニコニコ笑いながら「君が今持っている夢を捨てちゃいけないよ」と肩を叩いてくれる(彼はここの所、とても当たり前のことしか言ってくれなくなった)。
 トムはしわがれ声で「この街はもう夢を見るにはいい場所じゃねえ。だけど俺はここが好きなんだ。おめぇもそうだろ?」と酒を勧める。
 デイランは……ディランは何も言わない。本当になあんにも言わない。無理矢理質問を押しつけると、こう言っているようにも聞こえる。
「好きにすれば?」
 僕は自分をもの分かりの悪い人間だとは思わないが、彼のそういった態度には腹が立つ。彼はワガママだ。自分のことしか考えないし、人が自分をどう思おうとおかまいなしだ。僕はそんな彼に嫉妬して、何とか彼を僕の所まで引きずり下ろそうとする。
 彼は神だとかカリスマだとか言われ続けてきたけれど、そいつは違う。なぜな
ら、引きずり下ろそうと僕が手を延ばした時、彼の衣の裾に手を触れることができたのだから。



好きなアーティスト(掲載紙不明)


 渋目のアーティストとしてトム・ウェイツをあげるのも、最近ではすこしありがちになってしまった。そこで紹介したいのがスタン・リッジウェイ(ほらな、誰も知らないだろ)。彼の歌の中にはいろんなやつらが登場する。タクシードライバ
ー、道路工事人、兵士、果てはセールスマンまでが、クールなサウンドと投げやりなボーカルに操られて、ブレヒトの登場人物よろしくひょうひょうと立ち回る。強目の酒と一緒に聞くと悪酔いするかもしれないのでご注意を。



小山卓治からのメッセージ(大阪アルバイト・ニュース)


 酒飲みの与太話につき合いてえって言うんなら、ひとついい話を聞かせてやる
ぜ。こんな俺だって、ガキの頃から酔っぱらってたわけじゃねえ。前のめりに生きてた時代だってあったのさ。
 おれは24の時まで鼠のケツみたくちっぽけな街で暮らしてた。だがある日、ひとつのチャンスをものにした。旅立ちの時を迎えたってわけさ。
 いいかい? 人生には1度か2度、旅立ちの時がやってくるんだ。そいつは神聖なものだ。そいつをのがしちゃいけねえ。そいつがやってきたら、体中の力をこめてそいつにしがみつくんだ。
 ある朝、俺は片道切符を握りしめて列車に乗りこんだ。天気は上々、一世一代の旅立ちの時だ。列車がホームを滑り始めた時、俺は自分の未来に向かって、1人ビールで乾杯した。この列車がたどり着く所に俺の未来が待っている。俺の胸は鳩のように膨らみ、そして鳩のように純潔だったのさ。
 俺は窓の外の景色を眺めながらビールを飲み続けた。ところが、この国で1番速い列車だってえのに、なかなか目的地は近づかない。俺は窓の外を見るのにもビールにも飽きちまって、取っときのバーボンを取り出して飲み始めた。
 するとどうだい。たった今までまばゆいばかりに輝いていた俺の未来に、ムクムクと黒雲が立ちこめ始めた。いろんな不安や現実とかいうものが、俺にケチをつけ始めやがったんだ。
 俺はそいつを頭の中から叩きだしてやろうと、またバーボンをあおった。ふと窓の外を見ると、空まで真っ黒な雲に覆われて、窓を斜め45度で雨粒が走ってる。俺はやけになって飲み続けた。
 どのくらいたっただろう。俺は車掌に肩を揺さぶられていた。列車はとっくに目的地に着いてて、他の客はもうみんな降りちまってる。俺はフラフラの体でホームに降りたった。空を見上げるとどしゃぶりの雨。着いたんだ、俺の未来、俺の旅立ち……そう思いながらも、俺は駅の便所に駆けこんだってわけさ。
 いいかい? 人生には1度か2度、旅立ちの時がやってくるんだ。だけど、そいつがすべて美しいものだとは限らない。まあ、1杯やんなよ。



好きなアルバム(掲載紙不明)


ジョン・レノン「ジョンの魂」
ボブ・ディラン「激しい雨」
ブルース・スプリングスティーン「BORN TO RUN」
トム・ウェイツ「CLOSING TIME」
ジョン・レノン「DOUBLE FANTASY」

 60年代を極彩色に染め抜きながら駆け抜けたビートルズが、あっけなくその幕を閉じた1970年、僕は映画館で「いちご白書」を見ていた。ラストシーンで学生達が歌う「ギヴ・ピース・ア・チャンス」を聞き、僕は新しい時代へ向けてのめくるめく期待と、それと同じだけの喪失感を味わっていた。それに覆いかぶさるように流れてきたのがジョンの「マザー」だった。僕にはその歌声が、30歳にしてジョンが初めて上げたロックンロールの産声のように聞こえた。同時に13歳の僕がようやく世界の一員として認知され、生きていこうとしている70年代の、喪失のドラマのテーマソングのようにも聞こえた。
 それから10年、薄汚れたスクリーンの上では、ジャック・ニコルソンやアル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ、それにザ・バンドまでが失われた時代を演じていた。僕は「いちご白書」の学生達の年齢に近づき、追いつき、追い越し、それでも何ひとつ見つけることができずにいた。
 1980年、もういい加減に何かおっ始めようや……誰もがため息と苦笑いでそうつぶやき始めた頃、ジョンが「スターティング・オーバー」と歌いかけた。僕らは救われたように顔を見合わせた。その曲は2度目のロックンロールの出発のテーマソングになるはずだったが、ジョンだけが予告もなしに先を急いでしまった。その日から僕は追いつくはずのないジョン・レノンへの道を走り始めることになった。それはゴールの見えない長いレースだ。




(c)1983-2001 Takuji Oyama