2004年1月〜6月

dear #1
 今年に入って、たくさん本を読んでる。不思議で大きな叙事詩「光の帝国/恩田陸」、人生のあるワンシーンを静謐に描いた「巡礼者たち/エリザベス・ギルバート」、ぶっ飛びフランス小説「世界の果てまで連れてって/サンドラール」、とんでもない所まで持って行かれた「アンテナ/田口ランディ」、号泣しちゃった「太陽の子/灰谷健次郎」、家族の物語を旋律のように描いた「音楽室/デニス・マクファーランド」などなど。
 書店で探しても見つからない古い本は、図書館で探す。今日もいい天気だったから、散歩がてらに近所の図書館まで行って、三冊借りてきた。
 仕事場のテーブルの上には、センチメンタル・シティ・ロマンスの新譜と、ツアーのアイデアを走り書きしたリーガルパッドと、描きかけの歌。
 今は、ツアーに向けて走りだす前の、奇妙な静けさの中にいる。
1/28
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卓治


dear #2
 僕のホームページ「RED & BLACK」は、正式オープンして、2/14で3周年を迎える。まだ短い歴史だけど、音楽だけじゃ収まりきれない気持ちを、ここに印してきた。
 その日のアニバーサリーのために短い詩を書いた。それをデザイナーのコヤマ君が素敵な表紙にしてくれた。映画「ベルリン・天使の詩」の主人公になった気分だ。2/14にアップされる。
 冬晴れの午後、「満月をまって(Basket Moon)」という絵本を読んだ。
 以前、深い森の中に分け入った時に聴いた、風の声を思い出した。僕は今、ビル風の吹きすさぶ街で暮らしながら、あの声が僕に何を伝えようとしていたのかを、もう一度考えてみようと思ってる。
2/11
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卓治


dear #3
 福岡へ行ってきた。往復は飛行機だ。
 飛行機に乗る時には、いつもちょっとだけ覚悟する。やり残したことがどれだけあるか数えてみる。もちろん数えきれるものじゃなく、今死ぬわけにはいかないと思う。
 羽田空港に降り立つと、いつもこう思う。さあ、やり残したことをやるだけだ。
 今週から、スタジオに入ってミュージシャンたちとリハーサルを始める。
 グルーヴが体に染みこみ、スピード感を腰が憶えると、全身がライヴモードに変わっていく。ステージに立つ時の、ライトの熱さが恋しくなっていく。背中を押すバンドサウンドが待ちきれなくなっていく。振り向いて交わす笑顔に会いたくてたまらなくなる。
 ライヴで最後の歌を終えた時、僕は一瞬感じる時がある。もうやり残したことはない、と。一瞬なんだけどね。
2/23
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卓治


dear #4
 大阪と名古屋の旅は、SMILEYと一緒で本当に楽しかった。会場に来てくれた人たちも、楽しんでくれていたらいいんだけど。
 楽器車での移動にも、最近はすっかり慣れてきた。いつもの定位置に座ると、すぐにツアーモードに切り替わる。高速道路での移動は、旅というには少し殺風景だけど、窓の外の真っ白な富士山、移り変わる天気、車内の音楽やおしゃべりが、気持ちをハイにさせていく。たどり着いた街でしか味わえない食事や、もちろん酒も。
 会場に入り、何もないステージの上に楽器をセッティングし、サウンドや照明を調整し、リハーサルを終えると、そこはひと晩だけ僕の居場所になる。客席が埋まり、歌が放たれる時、そこは世界で一番幸せな空間になる。
 ライヴを終え、着替えをすませて楽屋からステージへ戻ると、そこはまた何もないフラットな空間に戻っている。一抹の寂しさを酒で紛らわせ、僕らはまた高速道路に乗る。
 歌がある限り、こんな旅は続くだろう。最後の1人の観客が席を立つまで、僕の旅は終わらないだろう。
3/8
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卓治


dear #5
 ライヴが近づくと、日常生活が手につかなくなる。頭の中で音楽が鳴り響き、腰が定まらなくなっていく。
 ライブ当日は、いつものバッグに衣装を入れ、タクシーに乗る。楽屋口から入ると、スタッフが最後の準備を整えている。僕はいつも客席のいろんな場所からステージを見上げ、次にステージへ上って、またいろんな場所から客席を見下ろす。そしてできるだけ長い時間をステージの上で過ごすことにしている。徐々に張りつめていく空気を体中に染みこませる。サウンドチェック、リハーサル、メンバーやスタッフに「本番よろしく!」と声をかける。
 開場した後、客席のざわめきを微かに感じ、楽屋で着替える頃には、すべての日常が消え失せ、核心だけの体になる。ステージ袖にスタンバイする時、導火線に火が点く。
 淡いブルーの光が降りているステージに上り、ギターを抱え、カウントを待つ。一瞬、恐ろしく空気が凝縮し、そして、爆発する。
 もうすぐだ。
3/19
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卓治


dear #6
 小田原の山の中で彫刻をやっている友人がいる。僕は年に1回は必ずそこへ行き、酒を飲みながら、気がすむまでたき火をする。火はいい。じっと見つめていると心がざわめき、原始の記憶が蘇ってくる気がする。
 最初は景気よく薪を放り込んでボーボーと燃やしているが、そのうちペースが落ちてきて、大きな炎はおき火になっていく。その静かで深い赤を見つめながら、僕たちはまた酒を酌み交わす。
 メラメラと燃えさかる炎がロックンロールなら、おき火はロックだ。
 僕は、腰を揺さぶる音楽ではなく、胸を揺さぶる音楽をやってきた。おき火の、炎よりも強い力、まっすぐに伝わる熱、揺るぎない確信、それが僕の目指す音楽だ。
 ツアーは終わった。たくさんの感謝の気持ちを胸にしまい込み、僕はまたギターを抱き、新しい歌を描く。
3/30
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卓治


dear #7
 熊本でのステージは素晴らしいものになった。10年来のソウルメイトで同郷でもあるスティングと2人のユニットは、今までほとんどなかったが、アコギとベースだけとは思えない、ジャストで来たりうねったりというグルーヴが生まれた。
 アンコールでは染谷君と互いの歌を歌いあった。僕は染谷君の歌にギターとハモニカで切りこみ、染谷君はピアノで答えてくれ、それをスティングがベースで支えてくれた。客席からは熊本とは思えないほどの熱い歓声が届いた。
 ひとつの充実したステージが、次のチャンスを生む。またそのうち熊本へ行けるかもしれない。
 終演後、スティングを交えて旧友たちと飲んだ。〈汚れたバスケットシューズ〉の登場人物のモデルになった連中も来ていた。仕事を離れて心おきなく楽しめる連中だ。店を代え、大騒ぎは続き……。
 翌日、スティングから電話。
「後半記憶がないんだけど、俺、金払いましたっけ?」
「えっと……俺もよく憶えてないや」
4/14
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卓治


dear #8
 アルバム《種》をリリースした頃だったと思うが、ファンクラブのメンバーにたんぽぽの種をプレゼントした。「桃色たんぽぽ」という種類で、後で知ったんだが、育てるのが意外に難しいタイプだったらしい。
 昨日、ファンの人が、見事に咲いたたんぽぽの写真を送ってきてくれた。鉢からこぼれんばかりのたくさんの薄桃色の花が、陽光に照らされてほほえんでいるようだった。何だかすごく嬉しかった。
 この「dear」への返信を送ってきてくれた人もいる。ありがとう。メールは直接僕も受信しているから、これからも返事を待ってる。
 窓の外を見ると、淡い陽射しが降りてきている。ここのところ曲作りのためにずっとこもりっきりだったから、今日は書きかけの歌とノートを抱えて、近くのツツジの咲く公園にでも行ってみよう。
4/26
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卓治


dear #9
 先日の渋谷でのイベントで、ひさしぶりの新曲を歌った。その数日前に生まれたばかりの歌だった。初めてステージで新曲を歌う時は、少しの緊張と大きなワクワク感が同居する。歌は、人の耳に届いて初めて息吹を始める。歌とオーディエンスの間で交感されたエネルギーが、歌を成長させていく。だから僕はいつも、生まれたての歌をステージで歌う。
 イベントの翌日からまた(と言っても、打ち上げで少々二日酔いだったけど)曲作りの日々が始まった。
 そうそう、この間、ギターから美しいメロディがこぼれ落ちてきた。ただ、あまりにもアッという間に生まれたものだから、もしかしたら無意識のうちに誰かのメロディをパクってるんじゃないかと不安になって、音楽にくわしい友人に聴いてもらった。どうやらパクリじゃなかったようだ。
 次に生まれるのは、この歌かもしれないな。
5/10
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卓治


dear #10
 先日、「NHKアーカイブス」という番組で放映された「ヤングミュージックショー KISS」を見た人いるかな。1977年に放映されたKISSの武道館でのライヴ映像で、当時僕も食い入るようにして見た記憶がある。外タレのライヴなんてほとんど見る機会がなかった70年代、「ヤングミュージックショー」のシリーズは希有な番組だった。
 一昨日、その「アーカイブス」のディレクター氏の話を聞くチャンスに恵まれた。
 当時、「ヤングミュージックショー」は、音楽番組担当ではない、アウトロー的存在のディレクターの手で作られていたそうだ。NHK内でもあの番組は相当特異だったという。
 「アーカイブス」のディレクター氏は、「ヤングミュージックショー」をひとつの文化として今の時代に蘇らせるために奔走し、劣化してしまった映像や音声の修復にたずさわったそうだ。番組の反響はすごいものだったとか。
 MTVとかプロモーションビデオなんて言葉すら存在しなかったあの頃、ライヴ映像を作り続けた人、そしてそれを現代に蘇らせた人。どっちもすごいよね。
5/26
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卓治


dear #11
 引っ越しをした友人の家に遊びに行った。その家が何と、築200年のかやぶき屋根の一軒家! 200年前っていったら江戸時代だよ。
 五部屋に、台所、風呂場、土間、縁側、床の間、味噌蔵もある。柱や天井はほとんど黒だ。たてつけが悪くなったりで、あちこちに隙間が空いてる。
 少々ぶよぶよした畳に大の字になって深呼吸した。不思議に気持ちのいい空気に満ちている。
 今までここでどんな生活が営まれてきたんだろう。幕末、文明開化、関東大震災、戦争、そして今へ。そんなことを考えながら柱の割れ目やすすけた障子を眺めていたら、いつの間にか時間がスルスルと過ぎていった。
 ちなみに、遊びに行ったはずだったのに、でっかいタンスを運ばされ、大掃除の手伝いまでやらされた。おかげで筋肉痛だ。
6/9
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卓治


dear #12
 グレン・グールドというクラシックのピアニストのCDを初めて聴いた。独特の解釈で演奏されるピアノのソロを聴いていると、クラシックというよりジャズの演奏を聴いているような感じがする。例えが遠いかもしれないけど、キース・ジャレットを思い起こした。
 グールドが演奏するバッハの「ゴールドベルク変奏曲」は、まさに圧巻だった。日本で編集されたベストアルバム「アンド・セレニティ」も素晴らしい。ビデオやDVDで、その演奏する姿を見ることもできる。
 クラシックの世界では有名で、しかも異端児とも孤高のピアニストとも言われた人らしい。ネットで検索したら、すごい数のサイトがヒットした。僕にとってクラシックは縁遠いものだから、何だかすごい発見をしちゃった気分で、今は毎日のようにグレン・グールドを聴いている。
6/24
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卓治


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