街から離れるにつれて入りにくくなったFENを、カセットテープに切りかえる男。助手席の窓から流れこむ潮の香りの風に、目を細める女。とりとめのない会話を転がす2人。
「欲望に忠実に生きることを恥じているの?」
「僕が成人君子じゃないことは君も知っているはずさ。正しい欲望も醜い欲望も持っているよ。でも僕は欲望に忠実なように、真実に対しても忠実でいたいんだ」
「あなたがタフな男だってことはよく知ってる。そして本当はそれほどタフじゃないってことも」
「ナイーブって意味なら、その言葉をありがたくちょうだいするよ。でも正直に告白すると、僕はそんな自分を恐れてさえいる。タフであり続けることで、やっとのことで自分を維持してきた。走り続けることで自分を証明してきた。僕はそれをアメリカから教わったんだ」
「私達がアメリカからもらった約束は、とうとう何ひとつ果たされずに終わるのかしら」
「僕らはアメリカを見て育ち、アメリカからいろんな価値観を学んだ。民主主義からドーナツまで。だけどアメリカが変わっていったように、もう僕らも変わっていく時なのかもしれない」
「自分の価値観を持つってこと?」
「生まれた時から僕の中に存在していたものを、もう一度確認するってことかな。そして次にくる世代のために、それを残していかなきゃいけないってこと。それが僕らの義務で、僕らの責任なんだ。生まれてくる子供達に、僕らが紡いだ夢を伝えなきゃいけない」
「あ。海が見えた」
「今日のサンドイッチは?」
「トマトにハムに、それから特製のハンバーガー」
朝の浜辺で2人を打ちのめした情景は、いつまでも消えることはなかった。何も見えなかったから、何もつかんでいなかったから、不器用に、ただ闇雲に突き進んできた。その挙げ句、2人は立ち尽くす。
沈黙。
2人が新しい決心を固め、顎を上げるために必要な、長い間奏。
もう本当のことに気づかなければならない時だ。ごまかしやジョークでは、これ以上自分をあざむけない。裸で立ちむかう時が来たんだ。僕はそれほどタフじゃないし、子供達に何かを言えられるほど立派な男でもない。
それでも今この時に、伝えられることがたったひとつあるとすれば、それは——。
「ねえ、君に知って欲しいことがあるんだ。たくさんのことを君に伝えてきたけれど、今はこのことだけを聞いて欲しいんだ」
風向きは変わるだろう。激しい向かい風から穏やかな追い風へ。
「君を守りたいんだ。ただひとりの君を」
そして沈黙。
しかしそれは、美しい沈黙だった。
Special Thanks
To Road&Sky and Mr. Hamada
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