矢を、射る

#01 弓道を始めることにした

 弓道。日本古来からある武道。
 長さ2メートルほどの竹製の弓、3枚の羽がついた矢。
 白の筒袖、黒の袴、白い足袋。
 磨き上げられた板の間の道場に流れる静謐な空気。
 的まで28メートルの間にある芝の緑。
 傾斜50度前後に盛られた土に置かれた、一尺二寸(36センチ)の的。
 射法八節(しゃほうはっせつ)の美しい所作。
 弓を引き絞り、はなった時の、“ビュン”という弦が鳴る音。
 的に当たった時の、“パン!”という乾いた音。

 決めた。
 齢52にして、弓道を始めることにした。

 え? ロックシンガーが弓道? 何でまた?

 13歳でロックに目覚め、25歳でデビューして以来、ずっとロック一筋で、これといった趣味もなく、音楽以外でさして得意分野もないが、高校の3年間、僕は弓道部に入っていた。
 初段で、主将も務めていた。いまさら自慢にならないが、インターハイで県3位になったことがある。
 ロックをやっていて弓道をやっていた、なんてのは、僕くらいのものじゃないかな。

 えっと、そういえば、何で弓道部に入ったんだっけ。
 確か、友達がやっていたのを見て、ちょっとかっこいいなと思ったことと、弓道部の女子がかわいかったからだ。
 弓道をやる時は、上に着る弓道着と、帯と袴を着用する。凛としていて、かっこいい。女子は腰高に袴をつけ、革の胸当てをつける。微妙に色っぽい。束ねたまっすぐな黒髪もいい。当時、茶髪なんて女子は、世の中にはほとんどいなかった。
 若い健康な男子が始めるきっかけとしては、十分な説得力だ。

 しかしまあ普通は、球技などのスポーツが主流で、剣道や柔道ならまだしも、弓道を選ぶのは、やっぱりちょっとマニアックだ。
 どうも僕は昔から、無意識に主流を避ける癖があった。それが曲作りにもくっきり出ている。哀しいかな。

 高校2年生の時に昇段試験を受けて、初段を取った。高校生なら、二段までは取れる。
 3年生の時に昇段試験を受けた。2本中1本でも当たれば二段になれるはずだった。
 試合では4本中4本当てることも多かったから、自信を持って望んだんだが、たまたま外してしまって、昇段できなかった。同級生で二段を取ったやつもいた。僕は主将なのに初段止まりだった。

 試合は5人ひと組みで行う。前から順に、「大前(おおまえ)」「二的(にてき)」「中立(なかだち)」「落前(おちまえ)」「落(おち)」という名前がある。
 一番うまいやつが「落」、次が「大前」、次が「中立」というのが、まあ通常の並びだ。
 僕は「大前」で、二段の同級生が「落」だった。つまり僕は切り込み隊長の役目。まずは1本目を必ず当てて、士気を上げる。

 高校生の頃は、ロックをやっているくせに、というのも変だが、姿勢がよかった。背筋がぴんとしていた。卒業した途端、猫背になったような気がする。
 アマチュアバンドをやり、上京し、デビューし、弓道のことはすっかり体から抜けていった。

 で、なぜ突然、今になって弓道を始めようと思ったのか。
 それはまた次のお話。




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