矢を、射る

#06 的中!

 初心者教室が開催される3回目の週末、僕はツアーで東京を離れていた。
 このコラムがスタートしていたから、MCで弓道の話をする。お客さんはみんなキョトンとした顔をする。
 そりゃそうだよな。ちょっと光る素材の、花柄のいけすかないシャツを着て、ギターを抱えている男から「弓道」って聞いても、ピンと来ないだろう。
 しかも僕は、“都会の光と影を歌うシンガー”なんてキャッチフレーズでデビューして、今でもそのイメージで歌を聴いてくれている人にしてみれば、弓道なんて、真逆のイメージだ。
「どうして弓道を始めたんですか?」
 その質問には、今もうまい答が見つかっていない。

 ツアーから戻った次の週末、初心者教室の4回目へ。
 いつものようにカーゴパンツとTシャツに、腰に名札のスタイルで道場へ入る。
 貸し出される備品の弓や矢を倉庫から出す人、的を取り付ける人、道場を掃除する人と、受講者たちが自主的に動く。僕もみんなに混じって、始める準備。だんだん受講生同士が顔馴染みになってきて、笑顔が交わされる。

 これまで、教室の途中で憶えておかなければいけないと思ったことを、携帯電話にメモしていたんだが、道場で携帯を開け閉めするのがどうもそぐわなくて、この日から小さなメモとペンを持っていった。

 今回は、入場から退場までの所作の練習だ。
 まずは正座して、講師の方たちの演舞を見学する。3回目だが、正座にもちょっと慣れてきた。慣れないうちは足が痛いから重心が前に行ってしまうが、ちゃんと背筋を伸ばしてどっしり座らないと、正座はかっこ悪い。

 演舞を見た後は、5人ひと組になり、“入場、座位につく、矢を射る、退場”までの所作をくり返す。
 講師の方がかけ声をかける。
「いち にい さん し ご ろく しち はち」
 一番手の大前は、左足から入って三歩で足を合わせる。いち にい さん し
 45度の礼、下げて上げるまでが、ごう ろく しち はち
 二番手からは、左足から入って右足をそろえるのと一緒に揖(ゆう 軽い礼)。にい に さん し。
 足は、すり足のように前に出す。ちょっと動きの早い能みたいな感じだ。
 座位まで行き、的へ向く。小さく揖。三歩で射位まで進み、三歩目の左足は前へ出し、右足をいったん引きつけてから、開く。

 自分では分からないが、他の人がやっているのを見ると、すり足が何だか妙だ。足袋で床を掃除しているみたい。
「もっと自然に歩いていいんですよ」
 それからようやく矢を射るんだが、一連の動きが覚えられなくて、なかなか集中できず、矢は的に近づかない。右足から出て、左足から帰る。あれ? どっちだっけ。

 休憩をはさんで何度もやっていくうち、何とか入退場も様になってきた。
 気持ちを落ち着けて、矢を射ることに集中だ。大きく引き分け、的を見定める。何度か指摘された、左手のしぼり、右肘の位置を確かめる。余計な力を抜き、的を見る。放つ。
 まっすぐな軌道が見えた。
 パン!
 当たった! 初めて当たった! 35年ぶりだあ! 残心なんか忘れてガッツポーズで「Yeah〜!」って叫びそうになった。

 まったくの初心者でも、まぐれでたまに当たるようになった。講師の人が拍手してくれる。
 終了間際、もう一度僕の番が回ってきた。静かに入場、座位につく。さっきの感覚を思い出し、弓を引き絞る。
 パン! また当たった!
 ジーン……。多分ちょっと、ニヤって笑ったかも。
 でも、手のひらの付け根の辺りに弦が当たって、赤くなった。後で紫のあざになった。
 年配の講師の方が言う。
「小山さんは、段は持ってるの?」
「はい一応。35年前の初段ですけど」
「やっぱり体が憶えてるんだね」

 最後に代表の方から挨拶。
「みなさんよくがんばってきましたね。来週の最終回は、弓道連盟の代表が、みなさんを見に来られます」
 そして、連盟への「入会申込書」や、弓道具の値段表のリストが配られる。来週、弓道具店の人が来て、そこで注文できるらしい。
 みんな真剣な顔で、必要な道具や、その値段を見ている。けっこう真剣に続けるつもりなんだな。
 年に2回、20数人が集まって弓道を学ぶ。生半可なことで弓道は選ばないだろう。よっぽど興味がなければ、ここへは来ない。みんな楽しそうだ。

 道場に通うには、弓道着と帯と袴と足袋は必要。ぴんきりだろうけれど、1万円もあればそろう。
 弓やかけは、しばらくは貸してくれるという。矢は自分のものがあった方がいい、とのこと。矢も、ぴんきりの値段だ。
 講師の方たちが使っている弓や矢を見ると、ほぼ素人の僕が見ても、かなり高価そうだ。

 ギターと同じだな。安くても音は出るが、1度高いギターの音色を自分で出してしまうと、耳からその音が離れない。“ギター欲しい病”にかかる。もう、欲しくて欲しくてたまらない。友人にも、バカ高いギターを持っているやつが何人もいる。
 僕もマーチンD-28と、ギブソンダブを持っていて、今は“ギルド欲しい病”にかかりそうな自分を、必死に押さえているところだ。上を見たら切りがない。
 弓にも、そういうところがあるのかもしれないな。自分に合った、自分用に調整した弓を持っていれば、愛着がわいて練習にも身が入る。
 でもまあ、しばらくは備品を借りて、基本からのやり直しだ。

 さて、的中もしたことだし、次のライヴでさっそく自慢するか。
 そして来週は、初心者教室の最終回。
 それはまた次のお話。


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