矢を、射る

#07 俺ってすげ〜!

 いよいよ初心者教室の最終日を迎えた。かっちょわるい名札を腰につけるのも今日で最後かと思うと、ちょっと名残惜しくなってきちゃった。
 先週、講師の代表の方が言われたように、今日は道場の上座に弓道連盟の方たちが鎮座して、僕たちの様子を見ている。いつもより緊張した空気が漂う。

 最終日の課題は、立射での入場から退場までの一連の動作を、一通りできるようになること。これから弓道をやっていく上での、一番の基本だ。
 五十音順に五人一組になり、僕は五番手の「落(おち)」になった。つまり一番うまい人の位置。いやだなあ、経験者にとって、この位置はプレッシャーだ。
 ひと組ごとに、講師の方の「いち にい さん し ご ろく しち はち」のかけ声に合わせて射位へ。
 そして「弦しらべ」。これは、弦を上から下へ見て、矢に沿って視線を的に向かわせ、それから元に戻す所作。「弦しらべ」なんて、高校の時にやってたっけ。
 前の人が打起こしたところで手の内を決め、放ったところで打起こす。
 2本の矢を放ったら、右足からそろえて退場。道場を出るところでいったん止まり、左足を45度開いてふり返って足をそろえ、神棚に揖(ゆう ほんの少しのお辞儀)。そして三歩で退場。
 足の進め方や流れがうまく体に入らず、なかなか矢を射ることに集中できない。矢が地面をすってしまう。
「狙いが低いんだよ」と、講師の方の指導が入る。

 まったく初心者の男性が、まぐれ当たりして、周りから拍手が起こる。
 男性に「当たりましたね」と言うと、「いやあ」なんて照れながら満面の笑みだ。そうなんだよなあ、当たるとすごい快感なんだ。
「でも、腕の内側に弦が当たっちゃいました」と男性。
「あ、僕もさっきやっちゃいましたよ」

 休憩を挟みながら、何度もくり返す。まだ細かい所作や形を指摘される。当たらないなあ今日は。

 そして最後に、講師の方たちの指導なしで、全員が二本を射ることに。これが初心者教室での最後の二本だ。
 最初の組が射位につく。弓道連盟の方たち、講師の方たち、受講生たち、全員が見守る。道場に張り詰めた空気が漂う。
 ここに来て矢を落とす人もいるが、講師の人は「そのまま進めてください」と言う。やり直しはなく、そのまま進めていく。
 5回の教室を受講したとはいえ、初心者の集まり。矢が落ちる“カランカラン”という音、地面をする “ガサッ”という音、的の上に張ってある布に当たる“バフッ”という音が道場に響く。たまに的中して、“パン”と乾いた音が響く。

 さあ僕の組の番だ。みんなが見つめている。ヘマをしないように、教えてもらったことをひとつずつ思い出し、確認しながら射位へ向かう。
 僕の前の位置の女性は、自前の弓と矢とかけを持っている経験者。後ろから見ていて、形も綺麗だ。
 女性が打起こしたところで、手の内を整え、的を見る。心静かに。落ち着いて。落ち着いて。「狙いが低い」を心がけ、引き分ける。腕が震える。ゆっくり鼻で息をして整える。震えが止まる。放つ。
 矢は、“シュン”という音と共にまっすぐに的へ。
 1秒にも満たないその短い瞬間、体と弓と飛んでいく矢が一体になり、気持ちがギュッと引き締まる。
“パン!”
 当たった! よかったあ!
 しかし、そんなことはいっさい顔に出さず、残心。弓を戻す。でも多分、ちょっとドヤ顔で。
 二本目を放ち終わった人から、静かに退場していく。四人目の女性が放つ。当たった。よかったなあ。
 さあ、僕の最後の一本。基本に戻って。弓構え、打起こし、引き分け、会(かい)。
 腕が震える。息をゆっくり吸い、ゆっくり吐く。止まる。無心になる。放つ──。
“パン!”
 え? うそ! 当たった!
 俺ってすげえ〜! 本番に強い!
 心の中で、でっかいガッツポーズ!

 弓を置き、かけを外し、的のところへ矢を取りに行く。自分たちが放った矢は、自分たちで取りにいくのが礼儀となっている。
 僕の前の女性が言う。
 「皆中(かいちゅう 放った矢がすべて的中すること)じゃないですか」
「いやあ……自分でもびっくりしました」
 これは本音だ。まさか二本とも当たるとは思っていなかった。
「自分で矢を取ったらどうです?」と、女性が笑顔で言ってくれる。
「あ、そうですね」
 的のやや下の方に、確かに二本の矢が当たってる。快感だなあ。
 矢についた泥をはけで落とし、タオルで拭いて、羽を上にして持ち、道場に戻る。

 全員が放ち終わったところで、講師の代表の方が言う。
「それではこれから、閉校式を行います」
 え、そんなものがあるんだ。
 受講者は整列。理事からの挨拶があり、一人一人に修了証書が手渡される。

「あなたは弓道連盟主催、初心者弓道教室の全課程を修了したことを証します」

 一人ずつ、うやうやしく受け取る。全員から拍手。何だか照れくさいな。ちょっとしたカルチャーセンターに通っているくらいの気持ちだったんだが。

 最後に、弓道連盟への入会申込書に記入する。
 持っている段と取った年を書く欄がある。初段を取ったのはいつだっけ。確か高校2年だったから、1974年かな。ということは38年前になるのか。「もう時効で段はなし」なんてことはないよな。
 入会費、年会費など、トータルで13500円。スポーツクラブの年会費に比べれば、破格の安さだ。

 弓道具店の人が出張していて、まず必要な弓道着、帯、袴を注文。 トータルで11500円。素材のいいものは、もっと高いんだろうが、最初はこんなものだな。
 受講生たちはみんな、興味津々で弓や矢などに見入っている。

 約1ヶ月間の初心者教室が終了。さあ、いよいよ本格的に始動だ。
 それはまた次のお話。


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