本文(第4章)より抜粋

 ステージと通路をさえぎる黒いカーテンの隙間から漏れていた客席の明かりが、ゆっくり落ちていくのが見えた。
 俺達は輪になり、てのひらを重ねていく。そして下から順にこぶしを握る。五つのこぶしをつなぎ、低い声で気合いを入れる。
 「行くぞ!」
 カーテンを開け、ステージにのぼる。薄くブルーのライトだけが点き、その中でアンプやマイクスタンドが鈍く冷たく光ってる。
 普段はステージ前のテーブルに客が座ってるから、客を見おろす感じだったが、今夜はステージ前まで押し寄せてるせいで、客がほとんど目の前まで来てる。
 俺はシールドをアンプにつっ込み、小さめの音でギターを鳴らしてみてから、客席に向きなおった。いつもなら俺達が出てきただけで身内の歓声があがるのに、今夜はシンと静まりかえってる。入り口の辺りまで客がびっしりと埋まり、それが黒い固まりになって俺達を凝視してる。今までとまったく違う熱気が重たく充満してる。俺達を見つめる黒い顔、顔、顔。

 俺は後ろを向き、ブルーに染まったメンバーの顔を見る。低い声で言う。
「ぶちかますぞ」
 メンバー全員がうなずく。徹也が親指を立てる。俺は客席に振りかえって、ギターのボリュームをグイとフルにした。アンプがハウリングを起こして悲鳴をあげる。客席がハッと息をのむ。マイクを握りしめ、カウントを叩きこむ。
「ワン! トゥ!」
 ステージの空気が一気に膨張する。
「ワン、トゥ、スリー、フォー!」
 次の瞬間、空気が破裂し、切りさくようなサウンドが放たれた。ステージが真っ赤に染まる。ビートが牙を剥き、客席に襲いかかる。
 俺のギターがリズムを叩きつけ、徹也のソロがその上で踊りくるう。俊二のピアノが舞いあがり、良がスネアを叩きふせて暴れる。気圧された客の顔が呆然としてるのが見える。
 六郎のベースが突然ミスった。見ると、歯を食いしばってフレットを押さえこもうとしてる。俺が動くより先に徹也が俺の後ろをすり抜け、六郎の尻をブーツで蹴りあげた。ハッと我に返った六郎が徹也を見る。徹也がニヤリと笑って客席をあごでしゃくる。六郎もホッと笑みを漏らし、ステージ前へ飛びだしてベースをうならせた。俺はネックを振りあげてジャンプし、マイクをわしづかみした。

   雄叫びがとどろく 土曜の夜
   つぎはぎの夢と行き当たりばったりのやり口
   半分他人になりすまし 半分自分のふりしてる
   このどん詰まりから俺を救ってくれ

   うすっぺらな希望 からみつく悪夢
   この街の美しさは俺の心の空しさにそっくりだ
   口からこぼれる言葉は 心と少しも似ちゃいねえ
   このどん詰まりから俺を救ってくれ

   とらわれのライオン 傷だらけのプライド
   目を開けていても心はいつも閉じてる
   当たり前のことがいつも正しいとは限らねえ
   このどん詰まりから俺を救ってくれ

   路地裏に転がる 可能性とチャンス
   だけどできるってだけで何一つしでかせねえ
   人と違うと言いながら自分に似たやつを探してる
   このどん詰まりから俺を救ってくれ

   仮面がはがれる夜 秘密は暴露される
   絶望したやつだけが希望の意味を知ってる
   このプライドをなくしたら俺はすっからかんだ
   このどん詰まりから俺を救ってくれ



  (c)1999 Takuji Oyama