《手首》レコーディング 02.03.2000


 1月17日から23日までの1週間、僕は恵比寿のH.it Soundというスタジオに入った。用意した曲は3曲。中野督夫さんとリハーサルスタジオで作ったサウンドが、いよいよ形になる時が来た。

 初日、参加メンバーはドラムスの野口明彦さんとベースの湯川トーベンさん、キーボードは以前ライヴで一緒にやったことのある、タマこと本田昌生君。
 セッティングや音決めの間、スタジオで中野さんを含めてメンバーと談笑する。トーベンさんは、以前DADのメンバーだったタニヘイと子供バンドをやっていた関係で、何度か会ったことはあるが、一緒にやるのは初めてだ。
 ブースに入り、譜面をチェックし、録音が始まる。曲は〈青空とダイヤモンド〉。僕はギブソンDOVEを抱え、ヘッドホンから流れるメンバーの音を確かめながら歌う。今まで何度もステージで歌ってきた歌が、輪郭を強め、奥行きを増していく。曲の解釈やアレンジの確認で、中野さんの声がヘッドホンから響く。僕はそれに答え、メンバーはそれを的確に音に変えていく。
 演奏を終えるとミキサールームに戻り、全員で音を聴く。数回の演奏の後、僕らは顔を見あわせ、うなずきあった。
 僕は今まで、“超”のつくテクニックを持ったスタジオミュージシャンとも、下手クソなんだけど勢いだけは凄いバンドマンともレコーディングしたことがある。だが一緒にレコーディングする中で一番重要なことは、“歌心”を持っているということだ。ただうまいだけのプレイを聴いても、感心はしても感動はしない。それぞれの楽器が歌と共に“歌う”ことが大切だと僕は思っている。その日録音されたテイクは、まさに全員が僕と一緒に歌ってくれていた。
 2曲目は〈光のオルガン〉。僕のマーチンD-28と中野さんのマーチンD-35が静かにサウンドを織りなし、コーダでドラムとベースが入ってくる。ブースの窓から野口さんのドラミングが見える。ゆったりとうねり、大きく広がっていく。
 このワンテイク目がOKになった。ボーカルも後日録り直したんだが、結局この時のテイクを採用した。
 日を改めてボーカル録りをする時も、ヘッドホンから流れてくるサウンドは同じなのに、不思議なものでメンバーと同じ空間で演奏している時の方がはるかにのって歌える。

 2日目の参加メンバーはパーカッションのmass A:佐藤正治さんと湯川トーベンさん。佐藤さんはジャンベという民族楽器を叩く。腹に響く低い音からボンゴのような高い音まで出る。曲は〈手首〉。この歌も何度もステージでプレイしてきた。僕は今までと少しストロークを変え、中野さんのギターがそこへ切りこむ。「激しいビートだがクールに」というむずかしい注文に、佐藤さんとトーベンさんが見事に答える。

 3日目はまた本田君が登場し、ストリングスなどのダビング。ミキサールームに積まれた機材から様々な音が流れだす。バイオリンの音、チェロの音、フルートの音。僕はギターを抱えて曲のイメージやフレーズを伝え、中野さんはアレンジ上の音の組み立てや音色を注文する。本田君のキーボードが、僕らの頭の中にあるサウンドを形にしていく。
 そして中野さんのギターのダビング。スタジオに入った中野さんのギターがフレーズを刻む。そのフレーズひとつひとつに、歌を立ち上げる明確な意味がある。
「どう、小山君?」
 中野さんは必ず僕にジャッジメントを求める。“僕がどうしたいのか”を必ず聞いてくれる。僕は耳を澄ませ、最良のフレーズをトークバックでリクエストする。
 最後に中野さんはストラトキャスターに持ち替え、今回の唯一のギターソロへ。熱いソロがスピーカーをうならせる。僕はミキサールームで、興奮してもう座っていられない。弾き終わった中野さんが言う。
「いやあ、弦切れちゃったよ。どう、小山君?」
「もう最高! でもさ、クールなソロもありじゃないかな」
「オッケ、分かった」
 時計は夜中の3時を回る。家に帰り着き、その日のテープを聴く。気持ちがハイになって眠れない。

 4日目からはボーカルを録る。少しナーバスになっていた。僕は少々閉所恐怖症気味で、スタジオによってはどうしてもうまく歌えない時がある。しかも今回は数年ぶりのレコーディングだ。体調や喉のコンディションを、この日に向けて最高に持っていく。これも仕事だ。
 ノイマンの46というマイクをミキサーが選んでくれた。マイクによって声のキャラクターはかなり変わる。マイクの選択は重要だ。何度か歌ってみるが、どうもうまく歌えない。マイクをノイマンのU-47FETに変える。急にスッと歌えるようになった。
 コーラスを重ねていく。歌っては聴き、やり直し、OKを出す。自分で判断しかねた時はマイクに向かって言う。
「督さん、どうかな?」
 コーラスやって26年、センチメンタル・シティ・ロマンスの中野さんの、たのもしい声が返ってくる。
「もう少しニュアンスを合わせようか」
「うん、じゃあ、もう1度」

 5日目もボーカル、そして中野さんにして「あの人はコーラスの天才だよ」と言わしめるセンチの告井延隆さんが登場。告井さんは歌詞カードを見ながら〈青空とダイヤモンド〉に聴き入る。
「じゃ、やってみようか」
 告井さんと中野さんがスタジオに入る。アマチュアの頃に見た、あのセンチのコーラスが僕の歌に入る。そう考えただけで熱くなる。
 中野さんがコーラスを入れる場所を指定する。告井さんが中野さんにコーラスのラインを提案し、自分の音は確かめもしないまま「じゃあ、録ってみよう」と言う。僕はスピーカーに耳を集中させる。ぶっ飛んだ。さすが26年のキャリアだ。深く透き通ったコーラス。これに比べたら、僕が今までバンドでやってたコーラスなんて、コーラスじゃない。
 音をかぶせ、コーラスの幅が広くなっていく。ある場所のコーラスを録り終え、それを聴いた告井さんが言う。
「うーん、駄目だな。イメージが暗い。もう一度やり直し。今録ったところ全部いらない」
 新たなラインが作られ、違う世界のコーラスが生まれる。
 ダビングを終え、ミキサールームに戻ってくる2人に大拍手。曲を頭から聴き直した後、告井さんが言う。
「ここの2拍目に、こんな音が欲しいね。聴こえてくるんだよ」
 そのアイデアは、レコーディングの最後の段階で実現した。
 この「聴こえてくる」というのは大事なキーワードだ。サウンドを作っていく途中、知らず知らず頭の中で鳴る楽器の音やフレーズがある。それは歌がそれを求めているからだ。入れてみて大正解だったこともあるし、あえて入れないこともある。音を入れすぎて、サウンドがふとっちょになることは避けたい。

 6日目は最後のボーカル。〈手首〉の熱くてクールな世界をどんなボーカルとコーラスで表現するかがテーマだ。綺麗なハーモニーではなく、意識的に音をぶつけたり、ニュアンスを変えたりする。
 この日の後半からトラックダウンに入った。ここからは大半がミキサーの仕事だ。今回のミキサー、井原君が作業に入る。僕らは短くとも4時間は待つことになる。
 ほぼできあがったところで、僕と中野さんで聴く。今回はアコースティックなサウンドがテーマだけに、アコースティックギターの音をどう表現するかが大きなポイントになる。解釈はいくらでもある。例えば今風のサウンドに作ることもできるし、古くさい70年代の音に持っていくことだってできる。だが、どんなサウンドにするかの正解は、やはり歌が導いてくれる。
 今回使ったスタジオは「Pro Tools」というシステムを使っている。簡単に言うとハードディスクレコーディングだ。やり方次第では恐ろしくデジタルな音を作ることができる。僕には初めての経験だった。
 レコーディングに入る前に、スタジオのパンフレットを見せてもらった。ミキサールームの写真を見て、「なんだこれ、使えねえよ、こんなスタジオ」って言ってしまった。機材が異常にしょぼく見えたからだ。しかし、新しいシステムでのレコーディングができると聞き、とりあえず見学がてら行ってみた。そこで軽く演奏してみて、ミキサーにいろいろ教えてもらい、ようやくこれが「使えない」どころか最新のレコーディングの形だということを知った。ほんの数年スタジオから遠ざかっていた間に、こんなにも進歩していたのかと、まるで浦島太郎の心境。
 それでも、あまりにもデジタルな音になってしまうことに対しての危惧はあった。しかしトラックダウンし終えたギターは、クリアな上に深みのある音に仕上がった。要は、音を出す側の問題がほとんどなんだということを知った。

 最終日。残る2曲のトラックダウン。待ち時間を利用して、次回のライヴのことをスタッフと中野さんでミーティング。一緒にやれそうな歌をCDで聴きながら、2本のギターで音を出してみる。これもできそうだね、これなんかいいじゃん、これもかっこよくなるよ。たくさんの歌が候補にあがった。
 すべての作業が終わったのは、翌朝の7時だった。スタッフも一緒にビールで乾杯し、肩を叩きあった。
 すべてがうまくいった。幸せな1週間だった。
 さあ、次はライヴだ。今年は動くぞ!

アレンジの確認






ミキサールームで
GIBSON DOVEを弾く






卓治がミキサーに
曲のイメージを伝えるために
持ってきたモネの絵葉書






コーラスダビング






中野さん、告井さんと






トラックダウン






使用したアコースティックギター
[左から]
MARTIN D-35〈中野〉
Club Juno 音吉〈中野〉
MARTIN D-28〈卓治〉
GIBSON DOVE〈卓治〉
James A,Olson〈中野〉

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