忙しくてなかなか行けなかった、埼玉新都心のジョン・レノン・ミュージアムへ行った。週末だったせいか結構な混雑で、列に並び、まずはジョンの生涯を短くまとめた映像を見る。それだけでもう泣きそうになってしまった。今更ことわることもないが、僕はジョンの大ファンだ。
それからジョンの生涯を年代ごとにたどっていく。写真やプライベートな持ち物、手書きの歌詞の草稿、そしてギターやステージ衣装などが並ぶ。
若いカップルが多い。バンドをやってそうな感じの男が、女の子に熱く説明している。「この頃のジョンはさ」。女の子は「へええ、すごいんだね」などと、ちょっと冷静だ。多分男に無理に誘われて来たんだろうな。女の子は別にジョンなんかに興味なくて、でもボーイフレンドがCDを持ってて、いつも聴いてるもんだから、つき合ってあげてるって感じ。
そうかと思うと、おじさんがガラスケースに張りついて、リッケンバッカーにじっと見入っている。僕も張りつきたいんだけど、おじさんはなかなかそこをどこうとしない。おじさん、何を思って見ているんだろう。そう考えただけで、何だか嬉しくなる。
2人連れのおばさんが、軽井沢で撮影されたジョンと家族の写真をニコニコしながら見ている。僕はおばさんの後頭部越しに写真を見る。
ビートルズのライヴやジョンのプライベート映像を食い入るように見つめるのは、まさに老若男女。みんなの視線が熱い。
ジョンが〈イマジン〉のレコーディングで使ったという白いグランドピアノがあった。ジョンがそのピアノを弾く写真のポスターを、昔僕は額に入れて部屋に飾っていた。無性に鍵盤を叩きたいと思ったが、係員が近くで目を光らせている。見つからないように、ピアノのボディにそっと触れてみた。微かなエナジーを感じた。
そして最後に白い部屋。そこにはジョンのメッセージが部屋一杯に掲げてある。ジョンを色に例えるなら、やっぱり白なんだろうな。みんな椅子に座って、そのメッセージを心に刻んでいる。ジョンの言葉は、不思議に素直に心に飛び込んでくる。僕も椅子に座り、鼻がツンとしてくるのをこらえながら、メッセージを読んだ。ここにいる限り、音楽が世代を越える架け橋になっているのが実感できる。
約2時間、ジョンの魂に触れ、心がピュアになっていった。
ミュージアムを出て、隣接するショップをのぞく。欲しいものだらけだ。「NEW YORK CITY」のロゴが入ったTシャツがある。これをジョンが着て、丸いサングラスをして腕を組んでいる写真は有名だ。実は昔、僕もこのTシャツを着ていた。
ミーハーなのは承知でノートを1冊買った。黒い表紙に「WAR IS OVER」と記してある。ちょうどノートを探していたところだった。僕はノートには細かいこだわりがある。A4サイズで紙の色が淡い黄色で、ページの左側に縦線が1本入って、などなど。日本にはこのタイプのノートはほとんどなく、輸入ステーショナリーの店を回って探していた。それなのに、こだわりと全然違うノートを買ってしまった。でもこのノートをこれから使っていくことで、少しだけ初心に戻れそうな気がする。
ジョンと同じ丸いサングラスが売ってある。手に取ったが、これはさすがに思いとどまった。
《ダブルファンタジー》をリリースした頃、ジョンは日本の白山眼鏡で渋い黄色のフレームのサングラスを買い、愛用していた。何を隠そう、僕も白山眼鏡に行って同じサングラスを買った。デビュー当時のことだ。ところが、当時人気のあった日本のシンガーが、僕の知る限り3人、同じサングラスをして雑誌のグラビアにおさまっていた。結局みんなミーハーで、ジョンのことが大好きなんだ。
ここまできたから、もうひとつ白状してしまおう。ジョンは日本によく来ることがあって、軽井沢の万平ホテルを定宿にしていた。僕はそのホテルに泊まったことがある。しかもジョンと同じ部屋だ。こうなると、もうミーハーというよりマニアの世界だな。
先日、ビートルズの《1》を聴いた。このCDは「24ビット・デジタル・リマスタリング / ノー・ノイズ・テクノロジー」というやつで音を作ったと書いてある。
1曲目の音が出た途端、口をあんぐり開けた。何だ、この音は! 深くて、ふくよかで、幅があって、その上素晴らしくクリアだ。
それまでに買ったビートルズのCDと、同じ曲で聴き比べてみた。愕然とするほど、その音は違っていた。《1》に比べれば、前の音なんかペラペラでへなちょこの音だ。
《1》の音は、以前のアナログの音に近いのかな。当時のアナログレコードを最高のステレオシステムで聴けば、こんな音がしたんだろうか。厳密に言えば、マスターテープの音に相当近づいたということだろうか。
アナログレコードを聴かなくなって10年はたつ。昔アナログですり切れるまで聴いていたレコードをCDに買い換えて聴いた時、奇妙な違和感を感じたことを憶えている。それ程聴いていたアルバムを、以来ほとんど聴かなくなったこともあった。
しかし周りがどんどんデジタルの音に移行し、自分のレコーディングもデジタルになり、CDでリリースするようになった。耳がデジタルの音に慣れてきてしまった。そこにこの《1》だ。テクノロジーの進歩で、これだけの音を再生することができる。こいつはすごいや!
マスタリングというのは、ほとんど一般には知られていないと思うが、実はとても重要だ。マスタリングですべてが変わるといっても過言じゃない。ほんの微妙なイコライジングで、曲のイメージががらりと様変わりすることもある。
最近僕は、マスタリングについて色々と考えたり、新しい情報を収集したりしている。それには訳がある。
僕が今までリリースしてきた楽曲を、何らかの形でもう一度送り出したいと考えているからだ。具体的なことはまだ決まっていないが、それに向けてこれから動きだそうと思っている。また忙しくなりそうだ。