重松清とゲンスブール 05.28.2001


 このホームページで運営しているメーリングリスト「aspirin-ML」には、僕も参加している。毎日のように、全国にいるたくさんのファンの人たちからメッセージが届く。ライヴの感想や、曲に対する想い、日々のできごとなど、話題は多い。それを読みながら、嬉しく思ったり、考えさせられたり、たまにはメールを出したりしている。
 ある日、MLに参加しているソウルドライバー君が、本の紹介をしてくれた。重松清の「カカシの夏休み」という小説で、「卓治の〈Passing Bell〉と設定がよく似ています」とあった。僕はあまり日本の小説は読まないのだが、ずっと気になっていて、ちょうど書店で見つけて読んでみた。
 旧友の死をきっかけに再会した友人たち。確かに設定が似ている。ちょっとセンチメンタルな展開だなと思いながら、コーヒーと煙草で読み続け、最後にはオイオイ泣いてしまった。僕は基本的にはクールな小説が好きなんだが、重松清という作家は、人の善意をまっすぐに信じている、あるいは信じようと決心している、そういう風に感じた。そんなスタンスは、決して嫌いじゃない。
 僕は無類の凝り性で、一度好きになると、その作家の作品を気がすむまで読みまくる癖がある。重松清も7冊ほど読み続けた。「舞姫通信」「エイジ」でまた泣いた。
 そうやって本を読み続けている間は、他のことが手につかない。音楽さえ聴いていない。7冊読んで、ようやく本から顔を上げ、日常に戻った。
 それからしばらくして、今度は別のものにのめり込んでしまった。
 セルジュ・ゲンスブールだ。

 ずいぶん前、同じマンションに住んでいた、アメリカ人とフランス人の夫婦の部屋に遊びに行った時、フランス人の奥さんがゲンスブールのCDを聴かせてくれた。「名前は知ってるけど、そういえばちゃんと聴いたことなかったな」と言うと、信じられないという顔で、「フランスではスーパースターなのよ」と力説された。フランス人が言うんだから間違いないのだろうが、その頃僕が持っていたゲンスブールの印象といえば、ちょっと危ない風変わりなおっさん、くらいのものだった。およそスーパースターというイメージはなかった。
 一度ちゃんと聴いてみようと思いながら何年も過ぎた。その間、僕の友人が編集したゲンスブールのバイオグラフィの本を読み、「Cut」という雑誌の表紙にあったゲンスブールとジェーン・バーキンの写真があまりにかっこよかったんで、切り抜いて額に入れて部屋に飾ったり、ゲンスブール監督の映画を数本見たりしたが、それでもまだ歌を聴くことはなかった。今から思えば、聴くチャンスはいくらでもあったのに、と思う。
 つい最近、CDショップを流している時、何気なく、いわゆるシャンソンのコーナーを通った。ゲンスブールがずらりと並び、僕に手招きしていた。どの辺りから聴いていいのかも分からず、まずはベスト盤を買った。そしてついにぶっ飛んだ。
 すげえ!!
 ゲンスブールは、過去の曲を網羅したコンプリートCDが9枚出ている。もちろん全部聴いた。
 危険で、デカダンで、いやらしくて、ロリータで、SMで、そして美しくて、セクシーで、しゃれたアイデアたっぷりで、縦横無尽な言葉づかいで、逃れられない魅力をはらんでいる。
 もっと前からゲンスブールに出会いたかったと思いながら、今は溺れるようにくり返し聴いている。ロックなんて聴いちゃいない。しかしゲンスブールの音楽は、十分にロックで、十分にパンクだ。

 ここのところCDを買っても、せいぜい2度ほどしか聴かないことが多い。聴き終わり、「なるほどねえ」なんて思いながら棚にしまい、それ以来1度も聴いていないCDが山ほどある。そのサウンドは、耳から入り、心に届かないまま体から抜け落ちてしまっている。聴いたことにはならない。
 もちろん歌は出会った瞬間に好きになれなければ、それまでだ。小説との出会いは短くても半日はかかるが、音楽はせいぜい1時間だ。1曲に限るのなら、実は始まりの一瞬で決まるといってもいい。そこで出会えて、くり返し聴いたものだけが宝物になる。自分にとっての物語になる。
 10代の頃にくり返し聴いていた音楽は、その歌声やギターの音色までが耳にこびりついている。映画だってそうだ。薄汚い名画座で食い入るようにスクリーンを見つめた映画は、セリフからカット割りまで憶えていたりする。しかし最近は映画もレンタルショップで借り、酒でも飲みながらソファにふんぞり返って見ていたりするものだから、先週見た映画のタイトルすら思い出せないこともある。吸収する能力が衰えたのかな、と不安になることもある。
 だから、ゲンスブールや重松清のような、自分にとっての宝物に出会えた時は、嬉しくてしょうがない。

 歌を作る時、そのテーマに選ばれるものや、その歌に現れる風景は、心の中で幾度となく咀嚼され、ワインやスコッチのように心の樽の中で時を送ってきたものが多い。歌が瞬間に生まれるものだとしても、そこに表現しようとするものは、心を揺り動かされ、自分の風景としてくっきりとピントを結ぶまでくり返し心の中に現れた物語だったりする。くり返すことで、その風景の中の温度や、触感や、空気のそよぎや、人の視線のふとした動きなど、すべてがリアルに見えてくる。そうなって初めて、その風景の中に自分が存在できる。初めてそれは歌の舞台になり、テーマになる。
 例えば僕の「光のオルガン」の中のフレーズ、「空と大地の真ん中 小さなふたつの点」。
 このシーンが僕の中に芽生えたのは、もう10年以上前のことだ。そのシーンの中で、僕は女性と一緒に湖の真ん中にボートを浮かべ、佇んでいた。岸からゆるやかに延びる山裾が見える。大きな大きな湖、少し淡い色の大きな大きな空。そのふたつの境界にいるちっぽけな2人。その時、頭の中には、さらにその7年ほど前に原宿のクレヨンハウスで見つけて買った「DAWN(夜明け)」という絵本のシーンが浮かんでいた。それが目の前の風景と重なっていた。
 10年間、ふとした瞬間に何度もそのシーンを思い起こした。急がなかった。いつか歌になると分かっていたから。
 3年前、ロンドンで見た風景が僕の記憶を呼び起こし、すべての風景がひとつになった。その時、歌が生まれた。

 たくさんの情報が僕たちを雪崩のように襲う。そこから本当に自分に必要なものをチョイスする力がなければ、押しつぶされてしまう。少なくとも、そこから自分の物語を紡ぐのはむずかしい。
 自分の物語を持たない人生はつまらない。どんなささいなことでもいい。小さな幸せでもいい。力一杯抱きしめたいと思える自分だけの物語を持っていたい。

 僕の歌の中には、まだ一度も雪が降らない。だが僕にはこんな鮮明な記憶がある。
 真夜中、見上げると、水銀灯の銀色の光の中だけに雪が舞っているのが見える。地面に落ちるとすぐに溶けてしまうはかない雪だ。風が冷たかった。僕は女性と一緒にその光を見上げ、目を細めている。互いにほんの少し違うことを考えながら。
 この風景がいつか歌になるだろう。10年後かもしれない。10年たっても、このシーンは僕の中から消えはしない。

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(C)2001 Takuji Oyama