父さん、元気にしてるかい? 母さん、体は大丈夫かい? 僕の方は心配ない。うまくやってるよ。この街で仕事を始めてもう10年になろうとしている。やっと軌道に乗り始めたってところだよ。
新しい歌を作ったんだ。父さんと母さんのことを歌った歌だ。そして僕がその家を出る前の晩のことを歌った歌だ。あの夜、僕は2人と何も話さないままだったから。
あの頃、そう僕は20歳を過ぎた頃だった。僕は2人を憎んでいた。いや憎もうとしていた。僕は家を出たかったけれど、その時の自分のふがいなさを嫌というほど知ってもいた。だから2人を憎むことでしか、その家を出る決心をつけられなかった。2人に対する憎しみが、僕の背中を押してくれると信じていた。もちろんそれは誤りだった。今になって僕は、あの夜に父さんと母さんに言いたかったことが分かってきたんだ。それは言いたかったことというより、言わなければいけないことだった。でもあの夜、もし僕が2人に対して口を開けば、きっとこう言ってしまっただろう。
「俺はあんた達を憎んでいる。だからこの家にはいられない。俺は出ていく」
僕はあの夜の父さんの背中を憶えている。母さんの横顔を憶えている。そして自分が何も言えずにうなだれたまま部屋にこもってしまったことを。
僕ら家族は、みんな家庭というものに幻想を抱き過ぎていた。僕はそこから外れてしまう自分を扱いかねていたし、2人はそんな息子を持ってしまったことに戸惑っていた。
僕は父さんの手が僕の肩に乗ることを望んだけれど、父さんは僕に飛びかかってきて欲しかったのかもしれない。せめて体をぶつけることで、何かを伝えることはできたはずだ。
母さんは、僕の頭が母さんのてのひらから溢れ、僕が母さんの背丈を越えた時から、僕に愛情を伝えるすべをなくしてしまったように思える。父さんよりも母さんとは何度も何度もぶつかり合ったよね。
母にとっての息子は、息子以上のものには決してならない。どんな成功を治めたとしても。
父にとっての息子は、自分を越える男に成長していく驚異なのかもしれない。でも僕は、父よりも大きな男になることは息子の義務だと思う。そして父さんには僕を育て、殴る権利があった。
そうだ、僕は子供の頃、父さんにずいぶん殴られた。今にして思うと、父さんは本気で僕を殴っていた。父としてではなく、ただの気紛れで。
父さんはきっと、僕を男として認めるタイミングを失ってしまったのかもしれない。父さんは僕に対してどんな時でも父であろうとした。弱音を吐かず、大きい存在でいようとしていた。僕はそんな父さんを見て、父さんのようになりたいと思った。でも父さん。僕は1人の男として苦しんでいる父さんの姿も見せて欲しかった。僕は1人の男がどうやって苦しみから立直るかを、自分で考えるしかなかった。そして……。
こんな話はもうよそう。僕はもう父さんと母さんの元を離れ、一人前の男としてこの社会で生きている。2人の不器用な愛を受けとめられるほどに成長したはずだ。
僕はこの秋、35歳になった。そしてやっと、あの夜のことを歌うことができた。あの夜2人に言えなかったことを、この歌に託すことができた。2人に真っ先に聞いて欲しい。
父さん。母さん。僕はセンチメンタルになってるんじゃないよ。分かって欲しい。これが僕の2人からの旅立ちの歌なんだ。初めて作った旅立ちの歌なんだ。
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