I'm Walkin' Down The Street
 | 1 . I'm Walkin' Down The Street | 2 . ケイヤク | 3 . もうすぐ | 4 . I'm So Down |
 
| 5 . The Fool On The Build' | 6 . 英雄株式会社 | 7 . パッシング | 8 . 友情の証し |
 
| 9 . I'm Walkin' Down The Street -Refrain |


ny photo 長すぎたパーティーがやっと終った。僕はくたくたに疲れてしまったけど、ひとりになると荷物をコインロッカーに放りこんで人ごみにまぎれた。
 人ごみの中はとてもいい。なぜなら、結局自分がただのチンピラだってことを思い知らせてくれるからだ。僕は当たり前の顔をしてショーウィンドウをのぞいたりしながら、少しだけ君のことを思い出した。
 調子はどうだい? あれからもうずいぶんたった。もし君が望むのなら、こうやって月に1度、この街の話をしてあげてもいいよ。本当のことなんて言えないかもしれない。だけどこの街では、ニセモノの方がよっぽど真実のようなツラをしてる。

 2、3度信号につまずきながら大通りに出ると、そこもまたドッとくり出した人ごみ。駅前では今日も、演説やヘルメットや募金箱が僕を立ち止まらせようとする。
 演説は、平和ひとつ残せなかったやつらのしわがれ声で、遠い国のことがもっともらしく叫ばれる。でも音量制限を越えたスピーカーからの雑音は、通行人の誰1人も感激させることはできない。
 へルメットを被ったやつらは昔ほど元気はないが、あいかわらずいやらしい白のマスクで顔を隠している。きっとマスクの下は少年のような顔だろう。
 募金箱を持ったやつらは必ずうす汚れたスポーツウェアを着て、気味の悪いほど優しい声で話しかける。それはなぜだか分からない。
 そしてそんなすべては、今はもう駅前の風物詩で、あと何年かすればハトバスだって停まるだろう。僕はアジビラと愛人バンクのチラシを交互に踏みつけながら歩いた。

 僕は小綺麗なアクセサリーの店に入り、鉄製の指輪を探した。リングの大きさは、僕の左の薬指の第2関節にひっかかる大きさだ。ずいぶんかかってそいつを探しだすと、そばで見ていた店員がへラヘラとした口調で、「贈り物ですか?」と話しかけてきた。僕は不釣り合いなほど大きなリボンをかけてくれることと、発送してもらうことを店員に頼んだ。そして店員がさし出した発送用のカードに、でたらめの住所とありふれた名前を書きこんだ。店を出る特、店員は“徒労”という名のお釣をくれた。これが僕のボランティアだ。

 くそでかいダンプカーが轟音と共に僕の横を走り抜け、交差点を左析しようとした時、直進してきたバイクを左の前輪にひっかけた。バイクはゆっくりと、まるでコマ送りのようにゆっくりと倒れ、ライダーは交差点の真ん中へ飛んでいった。
 僕はまるで美しい桧画に見とれるように、その光景の前に立ちつくした。一瞬の間、すべての動きが止まり、音も消えた。長い間ぼんやりしていたような気がした後、僕はやっとダンプとバイクのぶつかる音を聞き、ライダーへ人が駆けよるのを見た。みるみるうちに人垣ができ、僕はその1番前に立っていた。真ッ青な顔をしたダンプの運転手に比べ、周りのやつらの顔は一様に上気し、見ていた者は見ていなかった者へ早口で状況をまくしたてた。
 バイクから流れだしたオイルに血が混ざり、いやな臭いが辺りに漂った。オイルは僕のそばまで流れてきて、僕のバスケットシューズを汚した。
 あっという間に救急車が現われ、怪我人を運びこみ、走り去った。いつもすべてが終った頃にしか現れない警察官は、ゆっくりとメジャーで距離を計り、バイクや血やライダーが倒れた所にチョークで白線をひいた。巡査は車の流れをさばききれず、額に汗を浮かべながら笛を吹き続けた。
 すべてはほんの10数分で終った。僕は自分が何もできなかったことに傷つきもせず、野次馬の仮面を顔からはがし、ゆっくりとその場を離れた。
 明日の朝刊のテレビ欄の裏のページの下の方に、このドラマが小さく載るだろう。タイトルは“暴走ダンプ バイクに接触 1人死亡”。
 ライダーにもし恋人がいたなら、その恋人はきっと新聞の上に涙をこぼすのだろう。それがこのドラマのラストシーンだ。
 新聞には個人の深い哀しみなど1行も載らず、ただあったことだけを小学生の日記のように羅列するだけだ。そのあげくに歴史を包みそこね、最近ではやきいもだって包まない。
“死んじまったのか?”“そうらしい”“5メートルばぶっ飛んだぜ”“すげえな”
 そんなエキストラのセリフを背中で聞きながら、僕にできたことは、ほんの少し罪人のような顔で笑うことだけだった。

 長い夜が始まって、もうずいぶんたったような気がするのに、僕はまだこうやって歩いている。苦痛にゆがんだ顔をしたたくさんの人とすれ違った。だけど誰1人として、助けを求めるようなことはしない。神様なんていやしないんだってことに、きっともうみんなとっくに気づいているらしい。だけど天使はいるよ。ほら、そこの角を曲がった路地のところで、着飾って厚化粧をして手招きしてる。ただし、この天使に救いを求めるためには、いくらかの金が必要だ。

 僕は最後に、小さな裏通りへたどり着いた。ここへたどり着くことはどうやら最初からの予定だったようだ。少し安心して煙草に火を点け、僕は昨日もらった電話のことを思い出した。
「別にあんたの歌なんか好きじゃないんだから。でもどうしようもなく落ちこんじゃうと、ついあんたの歌を聴いてしまう。そしてどうなると思う? ますます落ちこんじゃうのよ。2度と聴くまいと思うんだけど、今夜もあんたの歌を聴いてる」
 思わず笑ってしまったっけ。少し早めのクリスマスプレゼントとして、新しい歌を送るつもりでいる。もし聴きたければ聴けばいい。

 夜がネオン管にはりついてしまった頃、無表情な男が僕に近づいてきた。僕達は夜の真ん中で静かに握手を交した。
「うまくやろうぜ」

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(c)1984 Takuji Oyama