座りたまえ。肩の力を抜いてくつろいだらどうだい? 少し部屋が暗いな。ああ君、ブラインドを上げてくれないか。私達は別に密談をするわけではないのだからね。それからコーヒーを。 “あんたのネクタイが気に入らない”って言ったのは、ビートルズの誰だっけ。俺もあなたのネクタイの柄が気に入らないよ。デザインもいかさない。だけど、ここはなかなか素敵な所だ。もっとも俺には場違いだけどね。さっきの女性社員はグラマーで俺好みだ。コーヒーもいける。こんな高い所から毎日街を見下ろしてたんじや、人間なんて見えなくなっちまうだろうな。あなたにはあの風景の中でうごめく人間達がアリのように見えるのかもしれないけど、あなたの前で今こうやって偉そうに座ってる俺も、昨日までそのアリだっだんだぜ。あなたはきっと、年に1度ぐらい下町の定食屋でめしを食って、“ほほう、これが庶民の味というものなんだね”なんておおらかに笑えるタイプの人間なんだろうね。でもまあ、いきなり浪花節にならないところは気に入ったたよ。さあ、話を始めよう。 君をひとまず“甲”としよう。私をひとまず“乙”しよう。私達はこの書類にサインをして、お互いの気持ちとビジネスを確認し合うことになる。私は君の才能と将来性を買い、君に私の金とシステムを与える。そこで新しく生まれる金を、ふたりで山分けするというわけだ。パーセンテージはそこに書きこまれているとおりだ。なに、簡単なことだよ。ようするにウスノロども……いや失敬、りスナーが君の作品に酔いしれれば酔いしれるほど、私達にしこたま金が転がりこむという寸法さ。そのことに関しては何の不都合もないはずだ。なにせ私達はこれから、時代を築こうとしているのだからね。そうとも、私達はこれから、今まで誰も成し得なかった壮大なドラマをまさに始めようとしているんだよ。分かるかね? この書類は君にとって、そしてもちろん私にとっても、大きなスタートラインなんだよ。分かったら、さあここにサインを。そしてここにもサインを……。 俺がこの書類を見るのを初めてだと思ってるのかい? 今までに何度もこうやってこの書類をつきつけられたことがあるよ。そのたびにだまされてきた。相手の男達だけが儲かって、俺には1円だって入ってこなかった。だからここにペンで書きこまれてある数字の意味だって分かるよ。あなたは少なくともこの書類の上では俺に対して正直だ。この数字は確かにあなたと俺が対等であることを示している。あなたは悪人ヅラしてるけど、どうやら本物の悪党らしい。本物の悪党ってのは、小金を稼ぐことなんて考えないからね。OK、サインをしよう。ドラマが始まるかどうか、時代が変わるかどうかなんて分からないけど、とにかくこれが俺とあなたのスタートラインだ。 この瞬間から、私達は仲間だ。同胞だ。正直にやっていこうじゃないか。 俺達はケイヤクを交わした。でも少し言わせてもらおう。
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