ケイヤク
 | 1 . I'm Walkin' Down The Street | 2 . ケイヤク | 3 . もうすぐ | 4 . I'm So Down |
 
| 5 . The Fool On The Build' | 6 . 英雄株式会社 | 7 . パッシング | 8 . 友情の証し |
 
| 9 . I'm Walkin' Down The Street -Refrain |


 座りたまえ。肩の力を抜いてくつろいだらどうだい? 少し部屋が暗いな。ああ君、ブラインドを上げてくれないか。私達は別に密談をするわけではないのだからね。それからコーヒーを。
 どうだい? ここからの眺めもなかなか悪くないだろう? この広いTOKYOを見て、君ならいろんなことを感じるのだろうね。私はもう何10年もここで仕事をしているから、この眺めを君のように受け取ることはもうなくなった。私にとってのこの眺めは、単なるビッグ・マーケットだ。
 君の故郷は南の方だったね。私は逆で北の方だよ。今頃はもう一面雪景色さ。ドアが開かなくなるくらいなんだ。
 ――ときに君は、いつもそんなに汚い格好をしているのかね? そいつは少しいただけないな。まあ、これからは服を買う金に困るようなこともないだろうがね。その辺にもこれからは気を使ってもらうよ。
 さて、それでは話を始めようか。この書類に目を通してほしい。これが何だか分かるかね? そう、君の運命を変える紙切れさ。

 “あんたのネクタイが気に入らない”って言ったのは、ビートルズの誰だっけ。俺もあなたのネクタイの柄が気に入らないよ。デザインもいかさない。だけど、ここはなかなか素敵な所だ。もっとも俺には場違いだけどね。さっきの女性社員はグラマーで俺好みだ。コーヒーもいける。こんな高い所から毎日街を見下ろしてたんじや、人間なんて見えなくなっちまうだろうな。あなたにはあの風景の中でうごめく人間達がアリのように見えるのかもしれないけど、あなたの前で今こうやって偉そうに座ってる俺も、昨日までそのアリだっだんだぜ。あなたはきっと、年に1度ぐらい下町の定食屋でめしを食って、“ほほう、これが庶民の味というものなんだね”なんておおらかに笑えるタイプの人間なんだろうね。でもまあ、いきなり浪花節にならないところは気に入ったたよ。さあ、話を始めよう。

 君をひとまず“甲”としよう。私をひとまず“乙”しよう。私達はこの書類にサインをして、お互いの気持ちとビジネスを確認し合うことになる。私は君の才能と将来性を買い、君に私の金とシステムを与える。そこで新しく生まれる金を、ふたりで山分けするというわけだ。パーセンテージはそこに書きこまれているとおりだ。なに、簡単なことだよ。ようするにウスノロども……いや失敬、りスナーが君の作品に酔いしれれば酔いしれるほど、私達にしこたま金が転がりこむという寸法さ。そのことに関しては何の不都合もないはずだ。なにせ私達はこれから、時代を築こうとしているのだからね。そうとも、私達はこれから、今まで誰も成し得なかった壮大なドラマをまさに始めようとしているんだよ。分かるかね? この書類は君にとって、そしてもちろん私にとっても、大きなスタートラインなんだよ。分かったら、さあここにサインを。そしてここにもサインを……。

 俺がこの書類を見るのを初めてだと思ってるのかい? 今までに何度もこうやってこの書類をつきつけられたことがあるよ。そのたびにだまされてきた。相手の男達だけが儲かって、俺には1円だって入ってこなかった。だからここにペンで書きこまれてある数字の意味だって分かるよ。あなたは少なくともこの書類の上では俺に対して正直だ。この数字は確かにあなたと俺が対等であることを示している。あなたは悪人ヅラしてるけど、どうやら本物の悪党らしい。本物の悪党ってのは、小金を稼ぐことなんて考えないからね。OK、サインをしよう。ドラマが始まるかどうか、時代が変わるかどうかなんて分からないけど、とにかくこれが俺とあなたのスタートラインだ。

 この瞬間から、私達は仲間だ。同胞だ。正直にやっていこうじゃないか。
 だがその前に少しだけ私の方針をのべさせてもらおう。君はある意味では自由だ。しかし、すべてではない。なぜなら私と君の間にクールなラインが引かれたのだから。君は空を飛ぶかもしれない。しかし君が君の力で空を飛んだと思ったら大間違いだ。君は私の肩の上に乗り、ほんの少しだけ高い所から世の中を眺めるだけだ。なぜなら、私がいなければ君は地べたをはいずり回る人間だからだ。私は君を放り投げることだってできるし、葬ることだってできる。それを忘れないでもらいたい。
 それからもうひとつ、私は引き算が嫌いだ。私がこれと見こんだ君が、私に冷や汗を流させるとは思わないが、君は常に私のお願いを聞き続けなければならない。これはプロフェッショナルの仕事なんだから、今までのように好きな時に好きなように、というわけにはいかないんだよ。分かってくれるだろうね? 分かってくれるはずだ。なにせ私達はケイヤクを交わしたのだからね。さあ、握手だ。

 俺達はケイヤクを交わした。でも少し言わせてもらおう。
 俺とあなたの間には友情なんかない。俺はこれからサインにとらわれずにあなたを見ていこう。俺の背中をどやしつけても、俺の口からハトなんか出ないよ。世界を信じ続けたおめでたいジョンは、結局組織に消されれちまった。たったひとりの人間を信じることだって命がけなんだ。そう簡単に鵜呑みにするわけにはいかないんだ。だけどあなたとはうまくやれるだろう。なぜならあなたが悪党だからだ。
 さて、どうやらこれですべての準備が整ったようだな。あらかじめ計算されたドラマの幕を開けよう。物分かりの悪い男が主人公だ。
 ギターを持ってこい! キャッシュを用意しろ!

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(c)1984 Takuji Oyama