友情の証し
 | 1 . I'm Walkin' Down The Street | 2 . ケイヤク | 3 . もうすぐ | 4 . I'm So Down |
 
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| 9 . I'm Walkin' Down The Street -Refrain |


taku_photo Aは屋上に通じる階段を3段ずつ大股で駆け上がった。屋上へ出るドアは赤く錆ついて、蹴飛ばすと大きな悲鳴をあげて開いた。Aの前に、うっすらと臭う排気ガスと、微かに聞こえるクラクションと、地上40階の薄曇りの黄色い空が立ち塞がった。ちきしょう、見てやがれ!

 「そんなにここを辞めたいのか?」
「そんなにここがいいんですか!」
「いいだろう、辞めたまえ。今すぐ経理に行って最後の給料を受け取り、そして2度と私の前に姿を現さないでもらいたい」
「もちろんそうさせてもらいますよ。あんたのツラなんか、もう2度と見たくない!」
「言っておくが、このビルの屋上から飛び降りて私を困らせようなどと、つまらん了見を起こさんでくれよ」
「俺が飛び降りたら、あんたの立場が悪くなるってわけですか。おもしれえ、やってやろうじゃないか!」
「馬鹿なことを言うな。君にそんな勇気はないし、ましてそんな価値もない」
「何だと?」
「やれるものならやってみるがいい。私は失敬する。くどいようだが、2度と私の前に現れないでもらいたい」
「ちきしょう、見てやがれ!」

 部屋のドアを後手に閉めたZは、長い廊下をゆっくりと歩く。ジャケットのポケットから細い葉巻を取り出し、火を点けた。
 Aとはもう10年になる。この10年間、私はAと共に実にたくさんの仕事をこなしてき
た。親子ほども歳は離れているが、Aは私のよき右腕だった。最初の頃は私もまだ若く、ぶつかり合うこともあったが、私達はこの仕事を愛していたし、言わば……そう、私達は良きライバルだった。今になってAとこんな風に喧嘩別れしてしまうとは。私も歳を取ったものだ。ちきしょう……そう、これがAの口癖だったな。ちきしょう、見てやがれ、
か。

 Aはジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩め、屋上のコンクリートを踏みしめながら給水塔の脇の鉄柵まで一気にたどり着いた。
 ちきしょう、こんな風に死ぬなんて、まったく俺らしくて涙も出ないぜ。Zとはこの10年間ずっとうまくやってきたんだ。俺のこの短い人生の中で、一番充実していた時期だ。俺はバリバリ仕事をしたし、Zは俺のミスを黙ってかばってくれたりして、俺を支えてくれた。Zは……Zは言ってみりゃ俺の親父みたいなものだったんだ。それがどうしたっていうんだ。近頃はさっぱり仕事に生気がないし、俺を目の敵にしてやがった。俺が邪魔になってきたってわけか。それならそれでいいさ。俺の死に様を見せてやる。ちきしょう、見てやがれ!
 Aは柵を飛び越え、空へジャンプした。

 エレベーターは静かにくだっていく。Zは深いため息をつき、目を閉じた。
 私もそろそろ潮時なのかもしれない。いつの間にか外車を何台も乗り回し、商談のためとはいえ料亭や高級レストランで食事をし、郊外に家も持った。私は守ることを覚えてしまったのか。どんな時にも攻め続けるのが私のやり方だったはずなのに。私はどこかで自分を見失っていたのかもしれない。……しかし、それにしてもAのことだ。よもや馬鹿な真似はするまいが。

 Aの頭の中にたくさんの光景が蘇ってくる。このビルの正面に初めて立った日のこと、Zと初めて会った時のこと、Zと夜を撤して語り合った日々のこと。
 そうか。人生の終わりの走馬灯ってやつは、本当だったんだな。頭がぼんやりしてきちまった。俺もあと数秒の命か。情けない1人の男の人生としては、こんなものなのかもしれないな。
 風が気持ちいい。ガキの頃、柿の木から落っこちた時のことを思い出す。そういえばあの時、幼なじみの女の子が横で泣いてくれたっけ。あの子、今どうしてるんだろう。かわいい子だったな。
 俺、死んじゃうのか。Zに最後にひどいこと言っちまったな。俺も男らしくなかった。ひと言謝っておけばよかった。でももう遅い。すべてが無だ。ちきしょう。

 チン――小さな音をたててエレベーターのドアがゆっくり開いた。Zは静まりかえった1階のロビーを歩きながら、Aと初めて会った頃のことを思い出していた。
 あの頃のAはみすぼらしい格好をしていたが、目だけはギラギラと光っていた。私はAをすぐさま採用し、無謀とも言われたプロジェクトに参加させた。Aは若さのあまり暴走することもあったが、私が思った通りにできる男だった。Aは……。
 Zはビルの玄関を通り抜け、舗道に立ち止まり、空を仰いだ。
 やはり私が間違っていたのだ。今ここでAを失いたくない。そうだ、明日にでもAに会いにいこう。Aは今でもあのマンションに住んでいるだろうか。もう1度話し合い、始めの頃の関係を取り戻すんだ。そして新しくやり直すんだ。ああ、Aの声が聞こえるような気がする。……いや……確かに聞こえる。

 俺は何て馬鹿なんだ。こんなことで死んじまうなんて。まだやり残したことが山ほどあるんだ。Zと一緒にやっている仕事だって、まだ何も終わっちゃいないんだ。俺は感謝してもしきれないほどのことをZにしてもらったんだ。それなのに何ひとつ恩返しもできないまま、こんな馬鹿なことをしちまった。
 嫌だ、死にたくない! 嫌だ! ちきしょう! ちきしょう!

 午後の陽射しに照らされたざわめく路上で、深い友情で結ばれた2人の男は、激突という再会を果たし、強く、狂おしく、抱きあった。

 

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(c)1986 Takuji Oyama