I'm Walkin' Down The Street -Refrain
 | 1 . I'm Walkin' Down The Street | 2 . ケイヤク | 3 . もうすぐ | 4 . I'm So Down |
 
| 5 . The Fool On The Build' | 6 . 英雄株式会社 | 7 . パッシング | 8 . 友情の証し |
 
| 9 . I'm Walkin' Down The Street -Refrain |


taku_photo 夜がネオン管にはりついてしまった頃、無表情な男が近づいてきた。俺達は夜の真ん中で静かに握手をした。
「うまくやろうぜ」

 そして36ヶ月が過ぎた。
 俺はあの時と同じ通りを、あの時と同じように歩いている。長かった髪を切り、くたびれたバスケットシューズを黒のブーツに履きかえ、今まで知らなかった酒の銘柄をいくつか覚え、そいつを飲ませてくれる店も見つけ、何とか友人と呼べそうな幾人かのやつらと知り合い、無精ヒゲを伸ばし、確実にみっつ年を取った。だけどポケットの中では相変わらず小銭がチャラチャラ音をたて、薬指のブラックスターはあの頃のままで、酒を飲んでもやっぱり酔えず、あの頃と同じ歌を口ずさんでいる。おまけにこの通りは、あの頃からちっとも変わっていない。確かに新しい店が何軒かできたし、ネオンの数も少しは増えた。でもそこを歩く人ごみは、時の流れをあざ笑うかのように何ひとつ変わっちゃいない。俺はその人ごみの中を、この街のエキストラとして、十分に鍛練されたエキストラとして、ありふれた顔を取り繕い、歩き続けている。
 俺はふと足を止めた。確かこの辺りに、あの時入ったアクセサリーの店があったはず
だ。店は簡単に見つかった。ショーウィンドウから小さなネオンまで、まるであの時のままだったからだ。俺は陳列されたネックレスを眺めるふりをしながら、店の中をのぞい
た。店の中には、見覚えのある男の店員がレジの奥に座ってぼんやりしている。時が逆戻りでもしたような錯覚に落ちて、俺は店のドアを開けた。
 店員はチラリと俺を見ただけだった。俺はあの時と同じ指輪を探した。そいつはショーケースの一番隅っこに放り投げたように飾ってあった。俺はその指輪を手に取り、店員の前に置いた。
「いらっしゃいませ」
「元気だったかい?」
「え?」
「36ヶ月前に、これと同じ指輪をここで買ったんだ」
「……それが何か?」
「昔のままだな。この店も、それからあんたも」
「……」
「何も変わっちゃいない」
「……そんなことはないさ」
 男は店員の仮面を脱いで言った。
「36ヶ月といやあ、人生の行き先を変えるにも十分すぎる長さだ」
「でもあんたはここにいる」
「辞めようと思えば、いつだって辞められたんだ。辞めなかったのは、俺がそうしたくなかっただけさ」
「なぜ?」
「あんたにゃ関係ないよ」
「教えてくれよ。あんたの36ヶ月ってやつを」
「結婚して子供ができた。正確に言えば、子供ができて結婚した。それだけの事さ」
 男は36ヶ月分の疲れを目尻にためて力なく笑い、それから俺に聞いた。
「あんたは36ヶ月の間、どこをほっつき歩いてたんだい?」
「その質問には36通りの答があるけど、どれにする?」
「一番短かいやつにしてくれ」
「飲んだくれてたよ」
「それじゃ、もう腰が立たないんじゃないか?」
「俺は見かけよりタフなんだよ」
 男は俺が持ってきた指輪をケースにしまいながらつぶやいた。
「たまに思うことがある。その36ヶ月をもう1度やり直せたらって。俺にだって、もうちょっとうまい人生の送り方があったはずだ。そう思わないか?」
「思わないね。俺が36ヶ月前からやり直したら、それこそ腰が立たなくなるまで飲んじまう」
「考えこまずにすむだけ、その方がよかったんじゃないのか?」
「かもな」
 男は包装した包みを俺に手渡しながら言った。
「こいつは誰へのプレゼントなんだい?」
「36ヶ月前の俺へ」
「変わったやつだな」
「人生はおとぎ話だ。誰かがそう言った。俺も賛成だ」
「歴史は2度くり返される。1度目は喜劇として。そして2度目は悲劇として。マルクスっておっさんもたまにはうまいことを言う」
 俺達はしばらく見つめあった。視線を落とした男に、俺は言った。
「よかったら今夜辺り飲まないか?」
「いいぜ」
「じゃあ、あんたの仕事が終わるまでに、用事をかたづけてくるよ」
「俺のバイク使うかい? ブレーキがほとんど利かないけどね」
「借りるよ」
 俺は店を出た。振り返ると、男はもう店員の仮面を被っていた。
 くたびれたバイクにまたがり、キーを回し、エンジン全開で飛びだした。髪が後ろになびき、シャツがふくらんだ。見慣れた街が斜めに歪み、風が耳の中でうなり声をあげた。
 100メートルほど先の交差点の、歩行者用信号が赤に変わった。俺はスピードを上げ、交差点に突っこむ。横を走っていたクソでかいダンプカーが、ウィンカーも点けずにいきなり左折した。バイクのブレーキは、あの男の言った通り利かなかった。バイクはダンプカーの左のフロントタイヤに接触した。体が宙に浮くのを感じた。映画のスローモーションみたいだ。街がモノクロに変わる。アスファルトに叩きつけられ、2度バウンドして、体中が熱くなった。ダンプカーの運ちゃんが、真っ青な顔で走り寄ってくる。交差点の中のすべての動きが止まった。野次馬の人垣が見えた。目の前がだんだん暗くなって、いよいよ何も見えなくなる直前、俺は野次馬の人垣の1番前に、どこかで見たような男が立っているのに気づいた。男は虚ろな目で俺の方をじっと見ている。いったい誰だっけ。目の前は真っ暗になり、サイレンの音が微かに聞こえた。
 ――そうだ。思いだした。何てこった。あれは俺じゃないか。あれは36ヶ月前の俺じゃないか。
 そういえばあの時、俺はこの同じ交差点で、ダンプカーとバイクの事故を見てたんだっけ。あいつはあの時の俺なのか。あの時の俺があそこに立って俺を見て、そして36ヶ月前と同じように、あそこから歩きだすのか。
 救急車が到着し、俺の体は担架に乗せられた。
 もし体がいうことをきくのなら、大声で笑いたかった。涙が出るまで笑いたかった。歴史は2度くり返される。1度目は喜劇として、そして2度目は悲劇として。マルクスっておっさんも、なかなかうまいことを言う。

 長すぎたパーティーがやっと終わった。僕はくたくたに疲れてしまったけれど、1人になると荷物をロッカーに放りこんで人ごみに紛れた。人ごみの中はとてもいい。なぜな
ら、結局自分がただのチンピラだってことを思い知らせてくれるからだ。僕は当たり前の顔をしてショーウィンドウをのぞいたりしながら・・・。

 

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(c)1986 Takuji Oyama