The Fool On The Build'
 | 1 . I'm Walkin' Down The Street | 2 . ケイヤク | 3 . もうすぐ | 4 . I'm So Down |
 
| 5 . The Fool On The Build' | 6 . 英雄株式会社 | 7 . パッシング | 8 . 友情の証し |
 
| 9 . I'm Walkin' Down The Street -Refrain |


photo5 その夏、俺は試験に合格した。会議室に召集された俺とその同期の新入り達は、お偉方の30分の演説の後、1人ずつ点呼を受け、肩を叩かれ、制服と手帳と32ロ径を受けとった。この手帳は、俺が生まれて初めて手にした俺自身の身分証明書だ。俺は俺であることを棚にしまいこみ、肩書き通りの男として仕事を始める。
 人が集まれば、誰かが道化を演じることになる。今までの俺がそうだった。だがもうごめんだ。いろんなことへの興味や興奮は少しずつ薄れてしまった。特に終わってしまったことへは。でも俺にもたったひとつだけ、思い出と呼べるものがある。あれからもう5回目の夏だ。あの夏のことは忘れようにも忘れられない。うだるような暑さの中、俺はガラス越しに初めてあの子に会ったんだ。
 俺は摩天楼のガラス拭きだった。俺はどんな高い所でもおじけづくことはない。42階建てのビルのてっぺんからゴンドラを操り、モップをふりかざし、まる1日かけて下まで降りてゆく。ガラスには空や飛行機や遠い海が映る。俺は1人でロ笛を吹きながら、この街の思い上がりの象徴を磨いていく。
 その日俺は、南向きの窓を照り返しにやられながら28階まで降りてきたところだった。窓の中の連中はたいてい小綺麗なオフィスでデスクに向かい、うつむいて黙々と仕事をしてる。中の人間と俺と目が合うことはまずない。
 その階は一段とつくりが豪華だった。どうやら社長室らしい。俺はいつもの手順で仕事にかかろうしながらチラリと中をのぞき、ふと手を止めた。馬鹿でかいデスクの向こう側で男と女がからみ合ってる。こういう仕事をしていると、月に1度はこんな光景にぶつかる。俺に背中を向けた杜長らしいでっぷりと肥った男が、女のブラウスのボタンに手をかけた。女は拒もうともせず口元に薄い笑いを浮かべて、男に何かささやいている。俺は無遠慮にのぞきこんでしまった。その時、女の目が俺を見つけた。普通の女ならいきなり目をつり上げ、俺にくどくど文句を言いながら部屋を出ていくか、カーテンを閉める。だけどぶ厚いガラスの向こうとこっちでは、当然声も聞こえず騒ぎにもならない。その女は違ってた。女はじっと俺を見つめた。男は俺に気づかないまま、女の胸に顔を埋めてる。俺はモップを持ったまま立ちすくんだ。女は男の肩に手を回し、少し目を細めながら、まるで俺が相手でもあるかのようにフッと俺に笑いかけた。俺はレバーに手をかけた。ゴンドラはゆっくりとその窓から降りていく。ほんの1、2分のことだっただろう。だけど俺にははるかに長く感じられた。俺は恋をしたんだ。
 あの子は杜長の秘書だった。俺は月に1度その窓にたどり着くと、初めのうちはぎごちなく、でもそのうちにおおっぴらにあの子に笑いかけた。あの子も窓の外に俺を見つけると、軽くウィンクしてくれるようになった。俺は身ぶり手ぶりで何とか俺の気持ちを伝えようとした。
(君の名前は?)
(今度、どこかに行かないか?)
(このガラスを叩き割っちまいたいよ)
(君が好きなんだ。分かってくれよ)
 ガラスを挟んだ俺達のデートは半年も続いた。
 ところがある日のこと、俺がいつものようにゴンドラで窓にたどり着くと、部屋の中は暗く誰もいない。俺は嫌な予感にかられて窓に顔を押しつけ、あの子を探した。ふと奥のドアが開き、あの子が入ってきた。髪を乱し目を紫に腫らし、ストッキングが被れている。俺は窓を力任せに叩いた。あの子は俺に気づき、ほほえもうとしたが、顔を少し歪めただけであきらめ、窓に近づいてきた。俺は大声であの子を呼ぼうとした。だけど俺はまだあの子の名前さえ知らなかった。あの子はガラスに両方の手のひらをつけた。俺はその手のひらに自分の手のひらを合わせた。あの子の唇が小さく動いた。俺はその唇を読んだ。あの子はこう言っていた。
“サヨナラ”
 その日を境にあの子の姿は消えた。俺もガラス拭きを辞めて仕事を点々とした。もう2度とあの子には会えないだろう。俺の磨いたガラスの向こう側で笑ってた、あの子の姿だけが俺の中に残った。それから5年の月日が流れ、俺はおまわりになったってわけだ。

 真夜中過ぎ、電話が鳴り響いた。本部からの緊急出動命令だ。俺達はいっせいに車に飛び乗った。俺の初めての大仕事だ。俺は震える膝を両手で握りしめた。車の中で部長は舌なめずりしながら俺達につぶやいた。
「これでやつらも一網打尽だ。いいか、やつらが抵抗するようだったら、かまわずぶっぱなせ」
 15分後、俺達は古い雑居ビルを取り巻いた。辺りは不気味に静まりかえっている。俺は10人ほどと一緒に裏口へ回り、ドアの前で32口径の安全装置を外した。
 合図だ。俺は目指す3階まで階段を一気に駆けあがる。物音に気づいて飛び出してきたザコ共を殴り倒しドアを蹴破ると、表から飛びこんだ仲間とやつらが大乱闘してる。俺は天井に向けて2発ぶっぱなし躍りこんだ。
「おい、そのドアだ!」
 誰かが叫んだ、俺は目の前のドアに体当りして中へ飛びこんだ。真っ暗だが誰かがいる気配がする。
「出てこい!」
 俺はドアの脇を探し、みっつのスイッチをいっぺんに点けた。蛍光灯がまたたき、部屋の中が照らしだされた。
「撃つな!」
 男が真っ青な顔で両手を上げた。こいつがボスか。俺は両手で32ロ径をかまえ、部屋へ2、3歩踏みこんだ。その時、奥の机の影から誰かが立ち上がった。女だ。俺はチラリとその顔を見た。そして立ちすくんだ。あの子だ。下卑た化粧をしているが、確かにあの子だ。
 あの子は唇を震わせ両手を上げた。俺は思わずあの子の方へ向き直った。銃口があの子を指した。あの子は悲鳴をあげた。違う、俺だよ。憶えてないのか。銃口を下ろしてそう叫ぼうとした時、ボスが内ポケットから抜いたピストルが火を吹いた。

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(c)1985 Takuji Oyama