第02話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 ミスター・ジョーカーはどこだ。俺に幸運をもたらしくてれるはずの、ミスター・ジョーカーはどこにいる。

 俺が鼻の頭にニキビをこしらえ始めたあの頃、ラジオのスイッチをひねると、いつも旅する男の歌が流れてきた。
「さあ、家を飛びだすんだ! 旅に出て、君の自由を勝ち取るんだ!」
 俺はいつか必ず自分もそうして旅に出るんだと、信じこんでいた。
 月日が流れ、自分がいっぱしの男になったんだとやっと自信を持てた時、ラジオはもう旅の歌を歌わなくなっていた。代わりに、浮ついたラヴソングや、愚にもつかないインストロメンタルがフワフワと流れだした。俺は振り上げたこぶしと旅用の歯ブラシを、完全に持て余してしまった。
 そんなある日、1人の男がエイトビートに乗っけて旅の歌を歌い始めた。男はバイクに飛び乗り、夜の街をつっ走り、そしていとも簡単に真実を手にした。そして朝になると、眠い目をこすりながらママの待つ家へ帰っていった。
 ふざけんな! 旅ってのはな、こうやってやるんだよ!
 俺はギターケースにジョンのレコードと新しいノートとアスピリンをぶち込んで、その夜のうちに家を出た。
 ――3日後。俺はおんぼろアパートの一室で、1円の金も持たず、空きっ腹を抱えて、新聞の求人広告に赤丸をつけていた。
 ……ありゃ?


 M-1
 The Show Must Go On
 Three Dog Night


 雨が降りだした。それも特別製のどしゃ降りの雨。俺が何かをおっぱじめようとすると、決まって外は雨模様だ。俺は部屋の真ん中に座りこんで、何かいいアイディアでも浮かばないものかと、煙草の煙を眺めている。
 出会いを待つドアと、夜明けを知らせる窓に挟まれながら毎日を送ってきた俺に、いったい何が見えるだろう。壁には日常が張りつき、ベッドの下で最後の手段ってやつが埃をかぶっている。
 部屋が俺を見放し始めた。ここは俺が帰りつく所じゃない。ここは俺が出発する所なん
だ。部屋が俺をあきらめ始めた。
 俺はこの部屋に欲望の種をまきたい。フワリフワリと浮かぶもの達よ。俺はおまえ達が出ていく窓を開けなければいけない。そして俺自身のために、ドアから歩きださなければいけない。
 傘など初めから持っていない。レインコートを着るほど臆病じゃない。背中を丸めるほど意気地なしじゃない。


 M-2
 I&I
 Bob Dylan


 俺は街角につっ立っている。別に誰かを待っているわけでもストリート・パフォーマンスをやっているわけでもない。ここに立っているのが今日の俺の仕事なんだ。
 俺が両手で持っている大層な看板には、赤い太文字でこう書いてある。
〈ブーツ 4割引から6割引〉
 最初の1時間は、恥ずかしくてまともに顔を上げていられない。
 2時間で足がジンジンしてきた。
 3時間たった頃、ちょっとした知り合いが向こうから歩いてきた。そいつは俺を見つけると、親の仇にでも会ったようなツラをして、遠回りをして歩き去った。
 4時間。もう恥ずかしくもなんともない。俺は無遠慮な目で辺りをジロジロ見回し、女のケツを目で追いかける。
 5時間。俺はついに我に返った。俺はいったいここで何をしてるんだ。誰がブーツを6割引で買おうと、俺の知ったことか!
 俺が大きく息を吸いこみ、看板を叩き壊そうとした時、店のオーナーがやって来て、俺に金を渡し、俺の肩を叩いて歩き去った。
 俺はポケットに金をねじ込み、歩きだしながらつぶやいた。
「きょ、今日のところは勘弁してやる」
 俺の旅は、どうやらまだ始まっていないらしい。


 M-3
 Our House
 C,S,N&Y


 ミスター・ジョーカー。今日もあんたに会えなかったね。
 1日が終わり、疲れを背中にしょった人間達が、駅のホームに3列縦隊で並びはじめる。ある者は目を伏せ、ある者は活字で顔を隠し、ある者は酒で心を隠し。
 間の抜けた音をたてて、電車がホームに滑りこんできた。俺はつま先で煙草をもみ消し、開かれたドアへ向かった。
 ミスター・ジョーカーを探して。


 M-4
 最終電車
 小山卓治

 足を引きずって改札へ急ぐ
 世間の丸い背中を車掌は見届ける
 靴音が響くホームの端っこで
 励ますように高く今夜も笛を吹く

 出発進行って毎日くり返してきた
 俺達いったどこへ出発したんだろう
 夢っていうのは少しずつすり切れていくけど
 明日はせめて今日よりもましな1日を

 電車は闇の中 無言で突き進む
 明日こそは幸せな朝を迎えたい
 明日こそは幸せな朝を迎えたい


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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(c)1986 Takuji Oyama