第09話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 グレーの重たそうな雲が、背伸びをすると手が届きそうなくらい低く垂れこめた午後。
 天気にも似合わず、わざとらしくいっせいに咲いた花壇の花と、20秒ごとに水を吹きあげる噴水。俺は公園の隅っこにある半分朽ちたベンチに腰を降ろしている。
 鉄の柵越しに見える道行く人々を眺め、俺はあるゲームに熱中している。そのゲームの名を、俺は“スペンサー・フィリップ”と名づけている。スペンサーもフィリップも、有名な推理小説に登場する探偵の名前だ。
 ゲームのルールは至極簡単。向こうからやって来る人間の、年齢、職業、生い立ち、性
格、果ては昨日の夜のできごとや今日の朝食のメニューまでも推理するわけだ。もちろんそれが当たっていようが外れていようが、その本人にはなんの迷惑もかからない。なぜってこれは、頭の中だけで楽しむゲームだからだ。
 ほら、1人目のカモがやって来た。
 男、推定35歳、いや、33ってとこか。だいぶ疲れてるみたいだ。昨日の夜の浮気がばれ
て、朝っぱらから女房と大喧嘩。その証拠に、手の甲にふた筋の引っかき傷。それに目の下にできたくま。朝食も食べずに家を飛びだし、空きっ腹のせいで午前中にミスをやらかし
て、上司から大目玉。これから浮気相手の部屋へ行き、別れ話を切りだそうかどうしようか迷っている。がんばんなよ。
 次は女。15歳。学校が終わり、コインロッカーに鞄を入れて服を着替え、親には内緒でロックコンサートへ行く途中。あの網目のストッキングからしてヘビメタだな。お気に入りの買ったばっかりのミニスカート。だって値札がぶら下がってる。楽しんでおいでよ。

 ゲームに飽きて、俺は立ちあがって背伸びをして歩きだした。もう1人の俺が歩きだす俺を見て、ゲームを再開した。男。最近この街に来たばかり。仕事なし。明日の当てもなし。それから……。この手の男が一番推理しにくいんだよな。


 M-1
 Who'll Stop The Rain
 C.C.R.


 俺はジャケットのえりを立て、メインストリートを歩いている。雨が降ってきた。この街で降られる最初の雨だ。カラフルな傘がいくつも歩道を舞い、男と女の笑い声が、塗れたアスファルトの上を漂う。
 俺は道路沿いにある、定休日の札が出てシャッターが下りている一軒の店の前で雨宿りすることにした。煙草に火を点け、通りすぎる人々を眺めながらさっきのゲームをやろうとして、すぐにあきらめた。どの顔もどの顔も幸せではち切れそうで、悩みのかけらも見あたらず、おまけにどいつもこいつもおんなじような服を着てやがる。自慢の推理も役に立たないってわけだ。
 それでも俺はそこに立ち続け、目を配り、雨の音に耳を澄ませた。何かが聞こえてくるような気がしたんだ。誰かが俺にささやきかけてくれているような……。
 12時を回ると、人通りは途絶えはじめた。極彩色のネオン達は、鏡のようなアスファルトに姿を映し、水銀灯の明かりの周りだけ霧のような雨が光る。辺りは静まっていき、サラサラと雨のささやきが俺の体を覆った。その時、やっと聞こえたような気がした。
 街が、雨の夜の歌を歌っていたんだ。


 M-2
 Parenthese
 Pierre Barouh


 夜中の3時くらいだっただろうか。俺はさっきからずっと同じ所にいて、だけどいつの間にか座りこんでウトウトしていた。雨はまだシトシトと降り続き、辺りには誰もいない。俺はぼんやり目を開け、雨を見ていた。
 その時、1台の車が走ってきて、俺から5メートルほど離れた所に停まった。車の中には人影がふたつ。何か話しているみたいだ。どうやら人影は男と女で、口論しているらしい。
 突然、助手席のドアが開き、ブルーのワンピースを着た髪の長い女が飛びだした。女は運転席に座っている男をにらみつける。雨が女の髪を濡らし、頬を伝って流れた。もしかすると涙だったのかもしれない。女はクルリと向きを変え、足早に走りだした。パンプスが歩道の雨をはねあげた。女はふり返らなかった。
 俺は運転席のドアが開くのを待った。男の影は動かなかった。影は煙草をくわえ、マッチを擦った。男の顔が炎の中にぼんやり浮かび、そして消えた。
 男がラジオのスイッチを入れたらしく、陽気なDJの声が微かに聞こえはじめた。雨の夜
の、この街の別れにふさわしく。

 ――ということで、締め切りは来週の土曜日の消印のあるものまでとしますので、ご応募の方をどんどんよろしく!
 それじゃ、お便りの紹介です。まずは名古屋の佳美ちゃん。
「こんにちは。第1回目の放送、聞きました。最初に流れてきたのが、あの懐かしいナンバー。確か、ライヴの開演の時にいつも流れてた曲ですよね。あれは、あなたのテーマソングなんですか?」
 そうです。あれはハリー・ニルソンの“メニー・リヴァー・トゥ・クロス”という曲なんですね。
 次の葉書は、京都の池田みちるちゃん。
「あなたの好きな本に、“イリュージョン”がありましたね。あれ、私も大好きなんです。ジョナサンも好き」
 リチャード・バックの“イリュージョン”って本、すごくおもしろいんで、みんなぜひ読んでみてください。
 その他にお便りをくれたのは、静岡の高城みえ子ちゃん、大田区の渕上みきちゃん、調布の光田ひろ子ちゃん、中野区の原陽子ちゃん、その他、みんなどうもありがとう。
 曲は、“HEAT OF THE NIGHT”――


 M-3
 HEAT OF THE NIGHT
 小山卓治

 バックストリートからはい出した
 俺達ネオンに取りつかれ
 真夜中の街を流してる
 約束をタイヤで踏みつけ

 前の角で殴られてた
 男ときたら俺にそっくりさ
 そこの角で客を待ってる
 女ときたら君にそっくりさ

 246 246
 俺はジョン だから君はヨーコ
 246 246
 あきらめたわけじゃないんだぜ
 246 246 in the night


 ――そんなわけで長々とやってきたんだけど、今夜も最後まで聞いてくれてありがとう。来週もたくさんいい曲をかけようと思ってます。土曜の夜の12時半にまた会いましょう。
 最後の曲は、ディレクターの加藤与佐雄さんも大好きな曲です。京都の工藤美智ちゃん、滋賀の吉見まゆみちゃん、リクエストありがとう。
 曲は“Looking For Mr. Joker”――


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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(c)1986 Takuji Oyama