第14話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


joker14 photo けたたましいサイレンの音に夢をかき消され、渋々目を開けた。
 突き刺すような太陽の光が、俺をジリジリと焼き尽くそうとしている。俺は鼻の頭の汗を拭いながら、昨日の夜にチェックインした“ホテル公園のベンチ”で起きあがった。今、何時なんだろ
う。
 近くのビルの壁にはめ込まれたデジタル時計を見あげると、ちょうどランチタイムが終わった時間。どうりで周りに誰もいないはずだ。俺はベンチの上で、顔中口になるくらいの大あくびをひとつして、辺りを見渡した。
 ビルの谷間にある公園。生い茂った緑の向こうに、立ちふさがるようにビルが建ち並ぶ。でかい噴水と季節外れの満開の花と、人を食ったような顔の数えきれない鳩の群。
 その鳩の真ん中で、1人の男の子がなんだか妙なことをしている。
 男の子は、むきになって鳩を捕まえようとしているらしい。いくら人に慣れた公園の鳩だって、それほどのろまじゃない。男の子がパッと手を広げると、一気に何10羽も飛びたち、そこら辺を一周してまた帰ってくる。男の子は、今度は慎重に手を伸ばす。鳩は男の子の手をスルリとかわし、トコトコと逃げまわる。
 俺はしばらく眺めていたが、なんだかおかしくなってきて、その子に声をかけた。
「坊や。鳩を捕まえて食っちまうのかい?」
 男の子は顔をあげて俺を見ると、急に目を輝かせ、俺の所まですっ飛んできて言った。
「ジョーカー! ジョーカー! やっと来てくれたんだね!」
「え? ちょっと待ってくれよ。俺はジョーカーなんかじゃないよ」
 男の子は俺を下からまじまじと見上げ、それから肩を落とした。
「ほんとだ。ジョーカーじゃないや。でもおじさん、ほんとによく似てたんだよ」
「坊や。そのジョーカーっておじさんにいつ会ったのか、おにいさんに教えてくれよ」
「あのね、2ヶ月くらい前にこの公園で会ったんだ」
「それで、どんな話をしたんだ?」
「君の夢はなんだいって聞くんだ。それで、空を飛びたいって言ったんだ。そしたら、今度会う時に、空の飛び方を教えてくれるって。僕達、約束したんだよ。でもなかなか来ないから、鳩に教えてもらおうと思ったんだ。ねえ、おじさん。おじさんは空の飛び方、知らない?」


 M-1
 Beautiful Boy
 John Lennon


 男の子は俺が買ってやったソフトクリームをなめながら、上機嫌でベンチに座り、足をブラブラさせている。
「なあ坊や。俺もそのジョーカーに会いたいんだけど、またここに来るって言ったの
かい?」
「ううん、そうじゃない。“いつか必ずまた会える”って言ったの」
「そうか」
「ねえ、おじさん。空を飛ぶ夢、見たことある?」
「うん。昔はよく見てたな」
「僕ね、毎晩見るんだ。両手を広げて目をつぶって、お腹にちょっと力を入れて、頭を上に向けて、さあ飛ぶぞって思うんだ。そしたら爪先が熱くなって、胸が苦しくなって。でも少し我慢した後で目を開けると、もう飛んでるんだ。街の上をクルクル回って雲の中に入る
と、服が湿っぽくなる。でも雲を突きぬけて上に出ると、太陽がキラキラ光ってる。こんな話、おもしろい?」
「うん。おもしろいよ」
「そう、よかった。友達に話したら、みんな僕のこと馬鹿だって言うんだ。ファミコンの仲間にも入れてくれないし。母さんだって最近、僕のこと変な目で見るんだ」
「坊や。街を見おろせる高い所に登ってみようか」
「うん!」


 M-2
 Sisters Of Mercy
 Leonard Cohen


 この街で一番高いビルの屋上に俺達はたどり着いた。いたずらを計画している子供みたいに、俺達は辺りをうかがい、屋上までのぼってきていた窓拭き用のゴンドラの中に忍びこんだ。ここなら誰にも見つからないだろう。
 遙か下に広がる地上を見おろすと、箱庭みたいな街並みとプラモデルみたいな車の群が見える。人の姿なんて、虫けらみたいにしか見えない。
 これが俺の住む街。俺を飲みこんでしまった街。すべてだと信じていた街。
 だけどその街は惨めに大地にへばりつき、寄生虫のようにうごめいている。蜘蛛の巣のように這いまわる道路をたどって、薄くもやのかかった地平線の方に目をやると、街並みは力尽きたようにそこで終わっている。
 たったこれだけ。たったこれだけの街の中で、俺は自分さえも見失おうとしていた。

 突然、男の子が俺の腕をつかんだ。
「ねえ見て! あそこにジョーカーがいる!」
「え? どこだ?」
「ほら! あのビルの屋上で手を振ってる! こっちへおいでって言ってる!」
 俺には何も見えなかった。
 止める間もなかった。
 男の子はゴンドラの縁に足をかけ、両手を広げ、透き通るような笑顔でジャンプした。
 その途端、5、60メートル離れたビルの窓ガラスが、雲から出た夕日を一気に反射して俺達を包んだ。
 強烈な光のシャワーの中で、一瞬、男の子は飛んでいた。


 M-3
 Fool On The Build'
 小山卓治

 Fool On The Build' 雲が流れてる
 Fool On The Build' 屋上の片隅
 Fool On The Build' とても静かだな
 Fool On The Build' マンションの窓よりもずっと高いな

 でも僕恐くなんかない
 向こうのビルを越えて
 誰も知らない国で
 一人でキャッチボールをするんだ
 Fool On The Build' いつか僕のこと
 誰か思い出してくれるかな


 いつもはビルの向こうに沈んでいく夕日が地平線に沈むのを、俺はゴンドラの縁にひじをついて眺めている。小さなネオンがまたひとつ瞬き始めた。
 もしかしたら男の子は、本当に飛んだのかもしれない。いや、きっと飛んだんだ。両手を広げて飛んでいってしまったんだ。
 飛ぶことを忘れてしまった哀れな男を置き去りにして。
 今夜ここで街の光を見おろしながら、もう一度思いだしてみよう。飛ぶことや、信じるってことを。
 ミスター・ジョーカーを探して。


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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(c)1986 Takuji Oyama