オープニングテーマ
Many Rivers To Cross
Harry Nilsson
いつもだったら必ず座るカウンターを避けて、俺と相棒の飲んだくれの男は、ZEROの一番奥の古びたテーブルに座っている。
男はジャケットのポケットから、つい今しがた手に入れたばかりの札束を取りだし、口笛を吹きながら数えはじめた。俺は頬杖をつき、男の手元を眺めながら煙草を吸っている。男は金を数え終わると、俺を見てニヤリと笑った。
「さあ、これがおまえの取り分だ」
「おまえの方が多いじゃないか」
「必要経費だよ。おいバーテン! 極上のブランデーを1本出しな」
俺達はバーテンダーが持ってきたこの店で一番上等な酒で乾杯した。男は上機嫌で、今夜はあの女を誘ってどうのとか、この間ウィンドウで見かけたシルバーの腕時計がどうのとかベラベラ喋っている。俺はといえば、数時間前までこの金の持ち主だった40がらみの男のことを考えている。
「例えば、あの男が本当は金持ちじゃなかったとしたら……」
「え? あの男って誰だ?」
「俺達にだまされて有り金全部なくしちまった、さっきの男の話だよ」
「ああ、あいつね。あいつがどうしたって?」
「例えば、この金があいつの金じゃなくて、あいつが経営してる小さな工場の社員の給料だったりとか。あいつのひとり娘の結婚の支度のためにサラ金から借りたばかりの金だったりとか」
「あいつが囲ってる女に渡す今月のこづかいだったかもしれないぜ。だいたいおまえは想像力がありすぎるんだよ。今になってそんなこと考えたって、俺達があのとっつぁんをだまして金をふんだくったことに、変わりはないんだぜ」
「そりゃまあそうだけど。俺はもう人をだますのが嫌になってきたよ。口からでまかせのウソっぱちで世の中渡ってくなんて、なんか疲れねえか?」
「おい……見ろよ。見慣れねえいい女がいるぜ」
いつもは俺達が座るカウンターで、1人の女が気だるそうに飲んでいる。
俺達は顔を見あわせた。男は素早く立ちあがり、俺にウィンクして言った。
「話は後だ。お楽しみが舞いこんできやがった」
M-1
Easy Action
T.Rex
男はスタスタとカウンターへ行き、女の隣に座るとなにやら話しはじめた。まったく調子のいい野郎だ。今夜はどんなウソで女をだますのやら。
俺は新しい酒を注いで1人で飲みはじめた。ジュークボックスから流れる重苦しいブルースに耳を傾け、しばらくしてカウンターの方を見ると、男は神妙な顔で女の話を聞いてい
る。女はといえば、どうやら泣いちまってるようだ。酔いどれ女のうち明け話につき合わされてるらしい。
グラス2杯の酒をやっつけ、今夜の予定を考え始めた頃、男はテーブルへ戻ってきた。うんざり顔で戻ってくるかと思っていたら、なぜだかニヤニヤ笑っている。
「どうした? 人生相談は終わったのか?」
「おまえさっき、もうウソをつくのは嫌になったって言ったな。俺達ウソっぱちで何人ものやつらをだましてきたけど、ウソっぱちでも人助けできるってところを見せてやるよ。来
な」
男は俺を連れてカウンターへ行った。さっきの女が俺をじっと見てる。男は女の肩に手を置いて言った。
「こいつがさっき話したやつだよ。おまえさんが失恋して哀しい思いをしてても、拾う神もありってわけさ。おまえさん、この店に来るのは2度目だって言ったろ? 最初に来た時
に、この男がおまえさんに一目惚れして、それ以来ずっとおまえさんを探してたらしいん
だ。どうだい、泣かせる話じゃねえか」
女は探るような顔で俺を見て言った。
「今の話、本当なの?」
「……うん……ああ、そうなんだよ。また会えて嬉しいよ」
「そんなにあたしのこと想ってくれてる人がいたなんて、知らなかった。あたしったらやけっぱちになってたの。世の中の男が、全部あたしのこと嫌いになったんじゃないかって思ってた。嬉しい。ねえ。あたしの知ってる店で飲み直しましょ」
女は席を立って店のドアへ向かった。俺は男をにらみつけた。
「そんな顔するなって。これで女も救われたし、おまえだってまんざらじゃないだろ? それにあの女、きっとおまえにおもしろい話してくれるぜ」
M-2
You're So Vain
Carly Simon
場末のホテルのベッドの上で、女は乱れた髪を直し、煙草に火を点けた。窓の古びたブラインドからネオンの色が射しこみ、女の細い肩を赤や青に染めている。女は火の点いた煙草を俺に渡すと、サイドテーブルの上のぬるくなったビールをひと口飲んでつぶやいた。
「あんたって、ウソが下手ね」
「なんだ。ばれてたのか」
「でもいいの。なんとなくいい気分。あたしね、柄にもなく純愛しちゃったの。あたしの行きつけの店に月に1度くらいひょっこり現れる男で、別にそんなにいい男ってわけじゃないんだけど、なんか気になっちゃってね」
俺は煙草をもみ消し、女を背中から抱いた。
「あたしだって可愛いとこあるんだし、別に好きで酔っぱらってるわけじゃない。誰かにここから連れだしてもらいたくて……」
俺は黙って聞いていた。女はうつむいたまま、ポツリポツリと話を続ける。
「そんな時に、あの男に会ったの。でも、好きです、なんて言えなかった。あたしの中に妙なプライドがあって、それを許してくれなかった。だって、あたしからそのプライドを取ってしまったら、ただのつまらない哀しい女になってしまうんだもの」
女は口を閉ざした。俺には言ってやれる言葉はなかった。ただ、こう聞いてみた。
「どんな男だったんだい?」
「そいつ? 名前がね、ジョーカーっていってね」
M-3
No Good!
小山卓治
夜になるといつも
街を歩き回り
何かがつかめそうになるが
それだけだ
ここでは俺はウォークマン
自閉症患者ウォークマン
いつかラッキーにぶつかると
信じ切って歩いてる
陽気に生きてくことさえ
こんなに難しい
街角では浮浪者達の
ホンキィトンク
「OK。ジョーカーが来たら、まっ先にあんたに電話するよ」
俺はバーテンダーに礼を言い、店を出た。月に1度、あいつがこの店に現れる。もしかすると明日にでも。どうやらあいつに会える日も、そう遠くないらしい。
俺はウソをつくのが下手なペテン師。人をだましてうまいものを食う。
真実を探しだそうとすれば、それは限りなくウソに近づいていく。最初からウソだと思えば、それは本物に見えてくる。俺は信じるためにウソをつく、この街のペテン師。
さあ、あんたに会うための準備は、すべて終わったぜ。
この街の、もう手の届く所にいるはずの、ミスター・ジョーカーを探して。
エンディングテーマ
Closing Time
Tom Waits
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