オープニングテーマ
Many Rivers To Cross
Harry Nilsson
――あんたが悪いのよ。あたし、本当はあんたの方に惹かれてた。でもあんた、いつも夢見るような目でジョーカーを探し続けてた。結局一度だって、あんたの瞳にあたしは魅力的な女には写らなかった。
分かってるよ。あんたの気持ちは知ってる。だけど、女はね、いつだって欲張りなのよ。男の夢よりも大事に思われたいの。
あたし、あいつと一緒になる。そして、この街を出る――
今夜ZEROは、カウンターから奥のテーブルまで、俺達の仲間でいっぱいだ。俺の相棒の飲んだくれの男と、俺達の相棒の飲んだくれの女が結ばれた記念のささやかなパーティーが、しかしいつものどんちゃん騒ぎの中で催されている。
男は店中の男達にこづき回され、酒をかけられ、女は店中の女達に抱きしめられ、花をもらっている。俺達みたいな、ありふれたちっぽけな人間達にだって、幸せだけは平等に訪れる。
俺はカウンターのいつもの席でチビチビやりながら、ぼんやりとその騒ぎを眺めている。
バーテンダーが俺のグラスに酒を注ぎながら言った。
「俺は、あんただと思ってたけどね。あの子と一緒にこの店を出るのは」
「とんだお門違いさ」
「惚れてたんだろ? あんたの夢は夢、女は女でよかったんじゃないのか?」
「今まで一度だって、バーテンの忠告を守ってうまくいった試しがない」
「あれ以来、ジョーカーは?」
「今は、その話はしたくねえよ」
俺は酒をひと口飲み、また店の奥の騒ぎに目を移した。幸せとかいうものに彩られた、たくさんの笑顔に。
M-1
A Whiter Shade Of Pale
Procol Harum
パーティーは終わった。仲間達はみんな散り散りに店を出ていった。
俺達3人は最後に店を出て、静まった真夜中の冷たい空気を胸一杯に吸いこんだ。俺達は顔を見あわせ、少し笑い、そしてうつむいた。
2人は店の前に停めてあった車に乗りこんだ。運転席の窓を開け、男が顔を出した。
「じゃあな。俺達行くけど、いつでもおまえを待ってるからな。また3人でどでかい仕事やろうぜ」
それから男はひと息つくと、少し考えてから言った。
「おまえの方がよかったのかもしれない。だけど、これも運命ってやつだ。おまえに会えなくなると、寂しいよ」
「何言ってんだよ。柄にもないこと言うんじゃねえよ」
俺は腰をかがめ、助手席に座っている女をのぞきこんだ。女は俺を見て、いつもと変わらない笑顔を見せた。
「元気でね。夢を大切にね」
俺は黙ってうなずいた。
車は動きだし、短くクラクションをふたつ鳴らし、テールランプを赤く輝かせながら遠ざかった。俺は煙草をくわえたまま、そいつが見えなくなるまで見送った。
辺りは急に静まり、店のネオンが消えた。
俺は煙草を落とし、つま先でもみ消し、ジャックダニエルのボトルをぶら下げて歩きだした。
M-2
Goodbye Yellow Brick Road
Elton John
ジャックダニエルをラッパ飲みしながら、俺は通りから通りへ歩いた。ネオンがまぶしすぎて路地へ迷いこみ、暗闇におびえて通りへ舞い戻り、人ごみが恋しくてメインストリートを流し、ざわめきが嫌になって角を曲がった。何かが終わりを遂げるのは、いつもアスファルトの上だ。
どれくらい歩いただろう。俺は見知らぬ通りの石畳の上に座りこみ、ボトルを抱えて壁に寄りかかり、通りの向かい側にポツンと立っている街頭の光を眺めていた。
少し離れた四つ角の信号が、静かにワルツを歌いはじめた。赤いワルツと黄色いワルツ
を。
俺は空になったボトルを、通りへ力一杯投げた。ボトルはスローモーションで宙を舞い、石畳の上で砕け散った。俺は目をつぶった。
ふと、人の気配を感じ、俺はゆっくり顔を上げた。1人の男が、街頭の明かりの逆光の中で、黒いシルエットになって浮かんでいる。俺はまた頭を垂れた。
「旅は終わったのか?」
影が静かに言った。
「ああ。終わったよ。みんな元通りになって終わった」
「幸せにすら見放されてか?」
「幸せに興味がないなんて、1度でも言ったかよ。ほんの少しでも誰かに優しくしてもらったら、その優しさなしには生きていけなくなる。分かってたんだ。分かってたから、ひと所に居続けなかったし、優しい言葉に耳をふさいできた。だけど本当は、人の優しさとか、自分の優しさなんかを信用してみたかったんだ」
「この街で、何を見つけた?」
「なんにも見つけちゃいない。でも、ひとつだけ分かったことは、夢を見続けるのは大変だってことさ。そして、夢を見続けてでもいなきゃ、生きていけないってことさ」
「あんた、名前は?」
「俺の名前? ……ミスター・ジョーカーとでも呼んでくれ」
「おめでとう、ジョーカー。今日からあんたが、この街のジョーカーだ」
俺は顔を上げる。そこには誰もいなかった。
俺はゆっくり立ちあがった。街が、俺をそっと包みこんでくれていた。
俺は通りに向かってつぶやいた。
「やっと……やっと会えたんだな。ミスター・ジョーカー」
M-3
もうすぐ
小山卓治
長すぎたパーティーの幕が降ろされ
おしゃべりな夜が急に黙り込む
君は俺のジャケットにすっぽりくるまって
俺が歩き始めるのをじっと待ってる
遠い所まで2人 歩くことになりそうだ
だけど平気さ 俺達はきっと少しずつ近づいている
もうすぐだからね
もうすぐだからね
メインストリート。
いくつもの野望が走りぬけ、いくつもの野心が出番を待って手ぐすねひいてる。俺はその野望をひとつ胸に抱き、この通りを歩いている。
何かが始まるのは、いつもアスファルトの上だ。俺達に残された最後の聖地、それはアスファルトの上だ。
信号で立ちどまった俺達は、手の中に握りしめた熱い想いを確かめ、そして迷わずに前を見る。
信号が変わった。
俺は人ごみの中へ、新しい1歩を踏みだした。
光のシャワーを浴びながら。
エンディングテーマ
Closing Time
Tom Waits
The END
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