第13話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 それは風の強い日のことだった。俺は港での仕事を終え、油と汗にまみれた作業着のままで歩いて部屋へ帰っている。赤と白に塗り分けられた3本の煙突が作る影の中を通り、倉庫の建ち並ぶひとっ子ひとりいないアスファルトの濡れた道路を歩いている。俺の体には、拭おうにも拭えないいくつかの臭いが染みこんでいる。
 風に吹き飛ばされてきた新聞紙が、歩いている俺の足にからみつく。俺はたち止まり、そいつを手に取って眺める。新聞の日付が、俺に時の流れを思いださせてくれる。ここへ住みついて、ちょうど1年の月日が流れていた。
 俺は新聞を丸めて放り投げ、歩きだす。道の真ん中に大きな水たまりがあり、俺はその前でまたたち止まり、水たまりをのぞく。そこに写っているのは、ボサボサの灰色の髪、1週間分の無精ヒゲ、落ちくぼんだ虚ろな目、痩せ細った体。
 ――これが俺だってのか?
 俺は目を上げる。遠くに、マッチ箱を並べたように見える高層ビル群が、蜃気楼のように浮かび、その上に刺々しい赤に染まった夕日が落ちていこうとしている。
 また1日が終わった。俺は水たまりを踏んづけて歩きだす。水たまりに浮かんだオイル
が、夕日に染まってギラリと光った。


 M-1
 In A Broken Dream
 Python Lee Jackson


 俺は部屋に戻ると、シャワーを30分浴び続けた。足元がフラフラして目の前が暗くなってくる頃、シャワーを止めて体を拭き、一張羅のスーツを着こんだ。細いネクタイを締めながら壁にかけてある黒いソフト帽を取る。被ろうとした時、裏の縁に何かのイニシャルが縫いこんであるのに初めて気づいた。こいつを被りだしてもう1年になるのに。よく見ると、色褪せたイニシャルは小さく“J”とある。そういやこの帽子は、ジョーカーのものだったな。ここんとこすっかり忘れちまってた。
 俺は暗い部屋の中を見渡した。ベッドの上に、スパンコールを散りばめた赤いドレスが、乱暴に脱ぎ捨ててある。彼女のものだ。今夜は紫のドレスを着て仕事に出かけたらしい。俺はヒゲを剃り落としたあごを撫で、ソフトを頭に乗っけて部屋を出た。

 港の外れにある、荒っぽい連中の集まるバー。店の名前は“サバイバー”。生存者って意味らしい。ふざけた名前だ。
 ドアを開けると、客の中に混じっていた常連どもが俺に声をかける。
「やあJOKE。1週間ぶりだな」
 俺はこの店では、つまらない冗談を飛ばしちゃ人を笑わせるせいで、JOKEと呼ばれてい
る。
「ヘイJOKE、今夜も何かくらだねえ話はねえのかい?」
「あるぜ。世の中を渡っていくのに必要なものって、なんだか分かるかい? 想像力と、金を稼ぐ女さ」


 M-2
 Imagine
 John Lennon


 その夜遅く、いや、もう夜明けに近かった。俺はしたたかに飲んだくれて部屋の前まで帰ってきて、ドアの前に座りこんでいた。
 この部屋に住みついて、いったい俺は何をしてきたんだろう。俺はこの街に何をしに来たんだろう。生まれた街を飛びだし、ミスター・ジョーカーを探してここまで来て、結局俺
は、まだなんにもしでかしちゃいない。
 俺はヨロヨロと立ちあがり、ドアを開けた。東向きの窓から薄く朝の光が射しこみ始めている。部屋の中はいつもと違って、凍っているように見えた。彼女が眠っているはずのベッドは空っぽで、彼女のドレスとバッグがなくなっている。俺は酔った目で部屋の中を見まわし、木製のテーブルの上に手紙を見つけた。俺は手紙を持って窓際へ行き、夜明けの淡い光の中で読みはじめた。

「生まれた街へ帰ります。この部屋はあんたにあげる。楽しかったよ。それなりにね。もし今でもジョーカーを探す気があるのなら、きっとここにいちゃ駄目ね。あたしのジョーカーになってくれてありがとう。でも、あんたとジョーカー、ひとつだけ違うところがあった。ジョーカーは生まれながらのジョーカーだったけど、あんたはジョーカーになろうとして、結局JOKEで終わってしまった。JOKEって、漢字で書くとどうなるか知ってる? 常に苦しいって書くんだってさ。昔、ジョーカーが言ってた。それじゃね、さようなら」


 M-3
 ひまわり
 小山卓治

 その人の女房はある日絵葉書を受けとった
 丘の上のひまわりがほほえむように揺れる写真
 午後3時には荷造りと化粧をすませて
 日曜日にしかかぶらない帽子を深くかぶる
 彼女は部屋を出る時も笑顔を崩さない
 足早に階段を降りて歩きだす

 ガソリンが水たまりに虹を作る道の向こう
 すすけた赤い屋根が続いてる


 開け放った窓の向こうから、街のため息が聞こえはじめた。何ごともなかったかのよう
に、昨日までのことはみんなウソだったんだよって言ってるみたいに、またいつもの1日が始まる。
 朝の光が俺を包みこむ。何も考えずに、何も聞こえないふりをしていれば、それですむのかもしれない。だけど、彼女が俺に思いださせてくれた。俺がやらなきゃいけないことを。
 俺はこうしてまだ生き残ってるじゃないか。俺はこの街の生存者だ。この場所から、もう一度やり直そう。
 この街のどこかで俺をあざ笑っている、ミスター・ジョーカーを探して。


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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