第04話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 その晩は、春も終わりに近いってのになんだか肌寒い夜だった。
 俺は2車線の通りに面した建物の前の石段に腰かけ、缶ビールを飲んでいた。今夜3本目のビールだ。これで小銭を使いはたし、今夜は電話はかけられない。
 酔っぱらった目で見る街並みのイルミネーションはにじんで見え、遠い国へ迷いこんでしまったみたいだ。人通りも絶え始め、赤い大きなネオンがひとつ、ゆっくりと消えた。道の向こうのビルとビルの間から突然吹いた風が、路地裏の匂いを運び、俺のシャツを膨らませた。
 俺はくわえていた短くなった煙草を通りへ放り投げた。煙草の赤い小さな火は、緩やかな放物線を描き、5、6メートル離れたアスファルトの上に落ち、少しだけ火の粉を散らした。その火の向こうに俺は、俺にほほえみかけてくれる天使の幻を見た。
 俺はゆっくり目をこすり、もう一度見た。幻は消えていなかった。天使は少女に姿を変えていた。
 少女はそでのない白いワンピースのすそを両手でつまんで広げ、俺に向かってぎごちないお辞儀をした。俺はどうやって答えていいか分からないまま、右手をヒラヒラと振ってみせた。少女は小さな口でニッコリ笑い、俺に駆けより、おんなじように石段に腰かけた。そして吸いこまれてしまいそうな透き通 った目で、俺を見つめた。
 これが今夜の、すさんだ心のうらぶれた男への、この街からのプレゼントってわけかい?


 M-1
 Midnight Primadonna
 小山卓治

 雨に打たれたアスファルト ネオンに染まって
 今夜のざわめきが洗い流される
 ふらつく体でうつむき加減に歩く
 酔いどれの俺は幻を見た

 Midnight Primadonna
 君に会ったことがある
 Midnight Primadonna
 光と人混みの中

 古い絵本の中から飛びだした君は
 木綿のスカートで後ろに手を組み
 気まぐれなステップで俺の影にふり返り
 少しはにかみながら小さく手を振る

 Midnight Primadonna
 君に会ったことがある
 Midnight Primadonna
 光と人混みの中


 坂の途中にある小さなしゃれたレストラン。普段だったら絶対に寄りつかないような所なんだけど、今夜の天使に敬意を表するためと、店の中が空いていたのと、昨日の晩のギャンブルで小金をせしめて懐があったかかったせいで、俺と少女は窓際のテーブルに向かい合って座っていた。
「名前、なんてんだ? ……歳、いくつ? ……えーと、どっから来たの? ……んーと、何食べる?」
 ちきしょう、なんてガキだ。その小枝みたいにちっこい指でさしたメニューは、この店で一番高いフルコースだ。シャンペンまでついてるじゃないか。
「お決まりでしょうか?」
「えーと、このなんとかってコースと、それから、ハンバーガー」
 少女は次々に運ばれてくる料理に目を輝かせ、俺に笑いかけながら食事に取りかかった。ちゃあんとナイフとフォークを使って。俺はそんな少女を見ながらハンバーガーをぱくつき、指についたケチャップをしゃぶり、もう一度聞いてみた。
「せめて、名前だけでも教えてくれよ」
 少女は指に水をつけて、テーブルの上にアルファベットを並べた。
「L、I、S、A……リサ? 聞いたことある名前だな。……そうだ。確か俺がむっつかななつの頃に好きだった女の子の名前とおんなじだ」
 俺は思い出が胸の奥からスルスルと流れだすのを感じた。
「そういえば、俺が知ってるリサに顔もよく似てるよ。いや――そっくりだ」


 M-2
 Real End
 Rickie Lee Jones


 俺はリサに思いつくままに昔の話をして聞かせた。リサは食後の紅茶を飲みながら、頬杖をついて聞いている。
「しかし、こんな時に限って昔のことを思いだすもんなんだな。いや俺さ、明日の朝、この街を出るんだよ。ミスター・ジョーカーってやつを探しにいくんだ。探すったって、どこにいるのかも皆目分かんないんだけどな」
 俺達は店を出て、大通りへ歩きだした。夜中をとうに回っていても、この通りだけは人ごみが絶えない。たくさんの声、たくさんの足音、たくさんの光。
 リサが俺のシャツのそでを引っぱった。
「なんだい?」
「ジョーカー……シッテルヨ」
「――やっと喋ってくれたんだな。……知ってるって本当か? どこにいるのか知ってんのか?」
 リサはしばらく俺の顔を見つめ、そして突然車道に踊りでて、車を上手に縫い、グリーンベルトにピョンと乗っかった。
 俺は驚いて、つっ立ったままリサを見ていた。俺とリサの間を車がビュンビュン通り過ぎていく。
 リサが両手をメガホンにして何か叫んだ。聞き取ろうとして歩道の端まで行った時、リサはでかい黒板にチョークで字を書くように、夜空に向かって大きくアルファベットを書きはじめた。

 T――
  O――
   K――
    Y――

 轟音と共に、10トンもありそうなトラックが俺とリサの間を走りぬけた。
 リサはいなくなっていた。


 M-3
 Straight From The Heart
 Bryan Adams


 リサはいなくなった。天使は俺の思い出に姿を変えて、水先案内人になってくれた。
 分かったよ。俺がこれから何をしたらいいのか。どこへ行けばいいのか。
 この街に別れを告げる時が来た。あまりにも長く居続けてしまったような気がするけれど、今度こそこの街を出るんだ。
 俺よりも一足先にここから出ていっちまった、ミスター・ジョーカーを探して。


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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