オープニングテーマ
Many Rivers To Cross
Harry Nilsson
この街へ1歩踏みこむなり、俺はモノクロの背中の行進に行く手を阻まれた。
兵士達は一様に口を閉ざし、まっすぐに前を見、四角い洞窟へ吸いこまれていく。信号は黙々と赤と青とをくり返し、悲鳴のようなクラクションは、電光掲示板の数字を76から82まで上げる。淀んだ空気がふくれあがり、ついに爆発するかと思った時、行進は突然終わっ
た。時計は午前9時を指している。
俺は鞄を左手から右手に持ち替えて歩きだし、もうすでにこの街のルールのいくつかを理解させられてしまったことに気がついた。
壁一面ガラス張りのショーウィンドウの中では、キラキラ輝く夢のかけらが少し引きつった笑顔で俺にささやく。
“あなたのものよ。さあ、受け取りなさい。さあ、受け取りなさい”
俺は1軒の店にさまよいこみ、ショーケースの中を無遠慮にのぞく。
「何かお探しですか?」
「ジョーカーを探してるんだ」
「は?」
「ジョーカーってやつに会いたいんだ」
「冷やかしなら帰ってちょうだい!」
俺はセピア色の写真の中で少女が笑っている絵葉書を1枚買って、店を出た。
このどでかい化け物みたいな街の、いったいどこにあいつはいるんだろう。自信なんかない。だけど俺には確信がある。
ワイルドにいこうぜ。
M-1
Born To Be Wild
Steppen Wolf
俺は歩き続けている。後ろから来る人間に追いたてられるように、この街のスピードに急きたてられるように。
俺は何時間も歩き続け、そしてついに途方に暮れた。
俺は歩道橋の階段の1番下に腰かけて考えこんだ。この街はいったいどこまで歩けば終わるんだ。この街でいったい何から始めりゃいいんだ。
俺は手に持っていた鞄に目を落とした。この中には、今まで俺が見つけてきた夢のかけらがごっそり詰まっている。俺は鞄の口を開け、中をのぞいた。
俺の夢は――終わっちまってた。俺の夢は色も形もすっかり変わり果て、輝きすら失っていた。
なんてこったい。この街にたどり着いて、まだ1日もたってないっていうのに。
俺が今まで見続けてきた夢が、こんなにチンケなものだったってことなのか。
俺はその色褪せた夢のかけらを、鞄ごと近くのゴミ箱の中に投げ捨てた。
ちきしょう。この街は、夢さえ見させてくれないのか。
「どうしたんだい? 真夜中のカウボーイさんよ」
1人の男が、くわえ煙草でニヤニヤしながら近づいてきた。
「うるせえ! おまえの知ったことか」
「どうやらこの街の住人じゃないらしい」
「大きなお世話だ」
「まあ、そうカッカしなさんな。この街に何しに来たかくらい教えてくれてもいいだろ。力になれるかもしれないぜ」
「ミスター・ジョーカーってやつを探しに来たんだ」
「おまえさん、そのジョーカーに会ったことあるのかい?」
「ないよ」
「だろうな。そのジョーカーってのは、俺だよ」
M-2
I Am The Walrus
The Bertles
「おまえさん、この街に来て最初に会った男が俺だったなんて、ラッキーだよ。おまえさんみたいないいやつを食い物にしてるやつらが、この辺にゃゴロゴロいるからな」
俺は夕暮れの街をその男と2人で歩いている。メインストリートを外れ、俺達はザワザワした裏通りへと向かっていた。
「この界隈のことだったら、なんでも俺に聞きなよ。この辺じゃちょいとした顔だからよ。さて、いい時間になってきたことだし、メシでも食いに行こうぜ。ところでおまえさん、金持ってんだろうな。いや、この店は俺がおごるけどな」
俺達はさびれた酒場のドアを開けた。派手な色のドレスを着た女達が、俺達をチラチラ盗み見る。男はそんな女達に気軽に声をかけながら、俺を隅のテーブルへ招いた。
「さあ、出会いを祝して、まずは乾杯といくか」
「あんた……本当にジョーカー?」
「あ? ああ、そう。俺はジョーカーと呼ばれてる男さ」
俺達は乾杯した。名前も知らない酒が、グラスにどんどん注がれた。俺はあまりにもあっけなくジョーカーに会ってしまったのと、店の女の挑発的なまなざしと、男の言葉に乗せられたせいで、すぐに体中に酒が回った。店の明かりがメリーゴーランドみたいにグルグル回りだした。
どのくらい気を失っていたんだろう。目を覚ますと、俺は薄暗い袋小路のポリバケツの横にうずくまっていた。有り金を全部入れていたジャケットが見あたらない。俺はポケットから折れ曲がった煙草を取りだして火を点け、ため息と一緒に煙を吐きだした。
これが、この街の俺に対する最初の仕打ちってわけかい。上等だよ。たった1日で、俺は持っていたものをすっかりなくしちまった。お笑いぐさだ。
俺はなんだか妙におかしくなって、しまいには大声で笑っていた。俺の声はビルの壁にはね返り、この街の空へと抜けていった。
M-3
Show Time
小山卓治
パレードが流れだす
光の渦が俺を迎える
足早に踏みこんだ
俺が今夜の新参者だ
ざわめきの真ん中で
男らしく振る舞って
俺のショーの始まり
さあネオンを点けてくれ
Yes,It's a show time
俺は夜のテロリスト
Yes,It's a show time
このままじゃくたばらないぜ
俺はとあるビルの屋上に忍びこみ、給水塔の脇に座り、昼間買った絵葉書にペンを走らせている。
――すべてうまくいっている。俺のことは心配しないで――
それから俺は、宛名も書かずにその絵葉書を細かく破り、屋上のフェンス越しに空へまいた。絵葉書は、セピア色の雪のように、この街の空へ散っていった。
俺がいて、そしてこの街がある。今はそれで十分だ。この街の胸に抱かれて、あいつの夢を見よう。
ミスター・ジョーカーを探して。
エンディングテーマ
Closing Time
Tom Waits
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