第06話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 朝一番の列車に乗っかって、俺は街を飛びだした。窓の外を流れる風景を見つめながら、俺は懐かしい気分と甘酸っぱい気分を胸一杯に吸いこんでいる。
 背中の向こうに置きざりにしてきたものが、まるでシャボン玉みたいにフワリと浮かんではパチンと消えていく。そして体の奥のどこかで張りつめた糸が、ピリピリと音をたてる。ほんの少しでも弱気になろうものなら、すぐに風の音がくり返し俺にささやく。
 ――意気地なし、意気地なし、意気地なし――
 俺は首を振り、重たい気分をふり払う。
 リラックスしようぜ。大丈夫さ。軽いフットワークで乗りきろうぜ。
 俺はジャケットに入っているはずのウィスキーのポケット瓶を探った。あ、そうか。もうさっき飲んじまったんだっけ。
 ……そういえば、昔、そんな歌があったな。

「煙草を投げてくれよ。レインコートにひと箱入ってるはずだから」
「私達、1時間前に吸っちゃったわよ」
 俺は風景を眺めていた
 彼女は雑誌を読んでいた
 広い草原の向こうには月が昇っていた
 俺達みんな アメリカを探しにきた
 みんなアメリカを探しにきたんだ


 M-1
 America
 Simon & Garfunkel


 太陽が頭の真上から3時間ほど西へ傾いた頃、俺は小さな駅で列車を降りた。なぜって、窓から海が見えたからだ。俺は列車を見送るとビールをしこたま買いこみ、海岸線へ向かった。旅のインターミッション。潮風に打たれてみるのも悪かない。
 薄い雲からこぼれる光を浴びながら、俺はテトラポットをよじ登った。ヒトデみたいなコンクリートのかたまりの一番高い所へたどり着くと、腰を降ろしビールの栓を抜いた。
 くり返しうち寄せる波がひとつ俺に教えてくれる。本当のくり返しなんて、ただの一度だってないんだってことを。

 誰か、俺のこと呼んだかい?
 俺は辺りを見まわした。2、3個離れたテトラポットの影から女がひょっこり顔を出し、俺に笑いかけてきた。
「ごきげんよう」
「あんた、誰だよ」
「あなたこそ誰よ」
「俺? 俺はただの流れ者だよ」
「ふーん。あたしはただの逃亡者。そうは見えないでしょ? ほっといて」
 女はそう言いながら俺の所までやって来た。長い髪、化粧っけなしの顔、ブルージーンズに黒いペラペラのレインコート、ツンとすました鼻と生意気そうな目。
 逃亡者だって?


 M-2
 Jersey Girl
 Tom Waits


 「そう。あたしは逃亡者なの。ちっぽけな街で暮らしてて、嫌なめにたくさん会って、嫌なやつらとたくさん知りあって、それでも何かのきっかけで、シャワーを浴びるみたいにさっぱりできると思ってたの。だけど、とんだ思い違いだったってわけ。毎朝毎朝、鏡の前で日常をまぶたに塗りたくって、化粧すればするほど嫌らしい顔になっていく」
 彼女はいつの間にか俺のビールを飲みながら話を続けている。かったるそうに髪をかきあげて……よく見ると、いい女だ。
「聞いてんの?」
「聞いてるよ」
「それでとうとう、自分の人生を楽しめなくなったのよ。世の中なんて初めっから楽しくないんだから、楽しくない世の中で人生を楽しんでる滑稽な女だったうちはまだよかったんだけどね。で、自分の人生を楽しむには、逃亡するしかなかったのよ。分かる?」
「分かるよ。俺とおんなじだ」
「え? あたしとおんなじなのに、あなたは流れ者であたしは逃亡者なわけ? 不公平じゃない!」

 俺と彼女は潮風に吹かれながら、こんな風にビールを飲み続けた。太陽は水平線をキラキラと輝かせ、やがて見えなくなった。
「おまえ飲みすぎなんだよ!」
「ほーら、ここにもママがいる!」
 ひとつずつ輝き始めた星を、2人は指でなぞりながら大声で笑った。2人の声は果てしなく広がる海と、そして夜空へ吸いこまれていった。

 何時頃だったのかよく分からないけれど、2人は最後のビールを飲み干し、引いていく波打ち際をぼんやりと眺めていた。
 彼女が、ポツリとつぶやいた。
「ねえ。教えてよ。……自由って……自由って、これ?」


 M-3
 流れ者
 小山卓治

 俺の靴がこの街で
 立ち止まっただけのこと
 でかいツラできることを
 やらかさないうちには
 逃亡者にはなりたくない

 何かことが起きるたび
 いつもひと役買ってる
 未熟な都会っ子達は
 孤独な道化を演じて
 亡命者に憧れてる

 俺は夢を雨で育てた
 逃げる気などさらさらない
 今夜事件が起きたら
 俺がそこにいるはずさ


 波がほんの少しずつ満ちてくるのを俺は見ている。そろそろ夜が明ける頃だ。この時間だったら、長距離トラックの1台くらい捕まるかもしれない。
 街に生まれ、街で育ち、そしてもっと大きな街へ。
 とんだインターミッションだったな。さあ、もう出かけなきゃ。
 あの街で俺を待っているはずの、ミスター・ジョーカーを探して。

「何してんのよ! 早くしないと置いてっちゃうわよ!」
「あ? ……ああ」


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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