第11話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 「いえ、お手間は取らせません。ほんの3分、いえ、1分でいいですから。お願いします。ちょっとしたアンケートなんです。お急ぎじゃないんでしょ?」
「そりゃ、まあ、急いじゃいないけど」
 駅前の人ごみの中、突然呼びとめられて、俺はやけにニヤニヤ笑う女にとっつかまっちまった。
 すり切れたジーパンに安っぽいブラウス、化粧っけのない顔に、後ろに束ねた髪。神経質そうな目と、手には紙の挟まったバインダー。
 俺とその女は、人の流れの中でたち止まって向かいあい、1分間のデートを始めた。
「じゃあまず、ご職業は?」
「別にこれといって」
「はあ、無職、と。普段はどんなことをされてますか?」
「人探し」
「人探し……お休みの日なんかは?」
「だから、人を探してるんだよ」
「どんなご関係の方を?」
「関係って……別に」
「ご結婚は?」
「まだ」
「恋人は?」
「いないよ」
「家族は健康ですか?」
「さあ」
「あなたは?」
「自堕落な暮らししてるよ」
「朝起きて、何を考えますか?」
「とりあえず生きてるなって」
「夜寝る前に何を考えますか?」
「どこで寝ようかなって」
「夢は見ますか?」
「いやらしいやつをしょっちゅう」
「今、何を考えていますか?」
「目の前の女が、わりといかしてるなって」
 女は突然顔を上げ、俺をにらんで低い声で言った。
「真剣に答えてませんね」
「何言ってんだよ。目一杯真剣に答えてるさ」
 女は両手を腰に当て、まじまじと俺の顔を見つめた。もうとっくに1分は過ぎてるのに。
「もしあなたが真剣に答えてるんだとすれば、あなたよっぽど寂しい男の人なんですね」
「そうだよ。俺はその寂しい男の人なんだよ。だからどうしたってんだい」
 女はまたしても俺をじっと見つめ、急に哀れみをこめた表情で言った。
「あなた、自分が孤独だってことに気がついてないのよ」
 俺は呆れて口をポカンと開けたまま女を見た。まさかこんな時間にこんな場所でこんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。
「そう言うあんたは孤独じゃないわけ?」
「私ですか? この街に住む人間達は、みんな孤独なんです」
「へえ。じゃあさ、その孤独な者同士、お茶でも飲みに行かない?」
「どうもありがとうございました」
 女は頭を下げるとクルリと向きを変え、スタスタと歩き去った。
 みんな孤独か。
 信号を合図にせかせかと歩きだす人ごみを俺は眺めた。
 何かとんでもないものを、俺はどこかにおっことしてしまったのかな。


 M-1
 Alone Again (Naturally)
 Gilbert O' Sullivan


 夜が始まると、俺は決まってグラスを前にして座っている。飲んだくれて、くだを巻い
て。何を忘れるつもりか、何を思いだすつもりか。見ず知らずの男達と笑いあい、いい女から順番に声をかける。
 本音で語りあうのは、しらふの時だけでたくさんだ。酒を飲んだ時くらい、ウソの話や夢の話をしたいんだ。だけど、ひとかけらの本音を語りあう相手もいず、俺の気持ちは少しずつすさんでいく。こんな夜は、遊び上手な女を引っかけて、ひと晩のぬくもりをものにする。
 さあ。夜もたけなわ。女でもだますか。孤独なんてセリフを口にしない女を。
「ねえ。1人でいるんだったら、一緒に飲もうよ?」
 ありゃ。今夜は引っかけられちまった。


 M-2
 Without You
 Nilsson


 「いつもこんな風に男に声をかけるのか?」
「ううん。あんたのシャツのえりがヨレヨレだったから」
「どういうことだよ」
「どんなにあたしの好みの男がいても、ビシッとアイロンのかかったシャツを着てる男だったら、女がいるか、でなけりゃ行きつけのクリーニング屋があるようないけすかない男か、さもなきゃ自分でアイロンかけてるか……。想像しただけでもゾッとしちゃう」
「なるほどね」
「さ、飲みましょう。ひとり者さん」
 素顔にルージュだけを塗って、長いパサパサの髪、フワフワした黒いワンピース。女はマニキュアもしていない手でグラスをあげた。
 俺達は小さな丸いテーブルで向かいあい、同じ数だけ酒を注いだ。女ははすっぱなジョークを飛ばし、俺は胸の中にあったわいせつな気分が、なぜだか少しずつ薄らいでいくのを感じていた。

「じゃああんた、結局この街に何しに来たわけ?」
「言っても分かんないよ」
「言ってごらんよ」
「ミスター・ジョーカーってやつを探しにきたんだ」
 女は急に黙りこみ、俺の顔を穴があくほど見た。それからグラスを置くと、うつむいてクスクス笑いだし、しまいには大声で笑いはじめた。
「何がおかしいんだよ」
「その男、あたし知ってるの。なんで知ってるのか、教えてあげようか。ミスター・ジョーカー……あたしの、昔の、おとこ」


 M-3
 Night After Night
 小山卓治

 下っぱの王様にのし上がった男は
 導火線に最後のマッチで火を点けた
 広場が見渡せる窓際に立つ女は
 男の足音を待ちながら口笛を吹いてる
 部屋に帰り着き男が最初にやることは
 女の胸に飛びこんで泣くことだった

 Night After Night 今度は俺がうまくやる番だ
 Night After Night 聖者が街へやって来るはずよ
 Night After Night ふたつのささやきが夜の空に交差する
 Night After Night


 どうせあんた、寝る場所もないんでしょ? あたしの部屋に来れば? だけど言っとくけど、会ったばかりの男と寝るほど、あたしお人好しじゃないからね。
 ジョーカーのこと、教えてあげるよ。でも、今どこで何をしてるのかは知らない。死んじゃったんじゃないかな。そんなに長いつきあいでもなかったしね。
 ジョーカーを探してこの街へ来て、よりによってあたしに会っちゃうなんてね。運がいいっていうか、間が抜けてるっていうか。あいつも変なやつだったけど、あんたも結構変なやつだね。
 そうか……来ちゃったんだ。ミスター・ジョーカーを探して。


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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(c)1986 Takuji Oyama