オープニングテーマ
Many Rivers To Cross
Harry Nilsson
そいつと俺が最初の乾杯をしたのは、“ZERO”って店のカウンターの隅っこだった。
法律さえコソコソと避けて通っていきそうなその店を、俺は偶然見つけてドアを開けた。カウンターに座り、アクアビットを注文し、店の中を見渡した。
店の奥の小さなステージの上では、たった2人のバンドマンが、煙草のヤニが染みついたような色のギターと、錆びて色褪せたサックスでブルースをやっている。2人とももういい加減に酔っぱらっていて、ギターとサックスも酔っぱらってるみたいだ。
カウンターの隅に目をやると、その男はズブロッカのボトルを前に、2、3日前の新聞を読みながら、何かブツブツとつぶやいている。しばらくすると新聞を丸めてカウンターに放り、グラスに半分残っていた酒を一気に飲み干した。それから血走った目で店の中の客1人1人をにらむように見まわし、最後にカウンターに座っている俺を見た。
「見ねえ顔だな」
「何かおもしろい事件でもあったかい?」
「いいや。クソおもしろくもねえ世の中だ。おまえも品切れになった勇気を仕入れに、ここに来たんだろ?」
「まあ、そんなとこだ」
「半端に飲んだりするから、こんなつまらねえ事件ばかり起きるんだ。世の中のやつらがみんな腰が立たなくなるまで飲んだら、戦争だって起こりゃしねえ」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ああ、なんでも教えてやるぜ。ただし言っとくが、酒飲みってのは便所で吐いてる時以外
は、ホラしか吹かねえからな」
「この街の中心ってのは、どこなんだい?」
「中心? どういう意味だか知らねえが、この街の中心はこの店に決まってんだろ」
「この街の中心にたどり着けば、きっと会えるはずなんだ」
「会えるって、いったい誰に?」
「ミスター・ジョーカーに」
M-1
Drunk On The Moon
Tom Waits
「じゃあ何か? おまえ、そのどこのどいつかも分からねえジョーカーってやつに会うために、自分の街を飛びだしてこの街に来て、とうとう会えずじまいでここで飲んだくれてるってわけか?」
「まあ、平たく言えばそういうことだ」
「とんだロマンチストだよ、おまえは。第一、今この街にいるかどうかも分からねえんだ
ろ? 無駄な努力だ」
「いいや。確かにこの街にいる。それだけは確かなんだ」
「そのジョーカーってのは、おまえのなんなんだよ」
「……旅を続けながら、そいつをずっと考えてきた。なぜ追いかけるのか、そこに何があるのか、あいつが俺のなんなのか。多分……いやきっと、あいつは俺の答なんだよ」
「友よ、答は風の中にある……昔、偉い人がそう言ったらしい。だけど、答なんかありゃしねえよ」
「もしそうだとしても、それが分かるまで俺はあいつを探すよ。――ここへたどり着くまでに、たくさんの人間達とすれ違ってきた。ビルの屋上で死んじまった相棒、この街を教えてくれた少女、映画館で会ったおじさん、海で会った女、トラックの運ちゃん、ジョーカーを名乗ったサギ師、坂の上にあった店のバーテンダー、ジョーカーと暮らしてた女、空を飛んだ男の子――みんなが俺に教えてくれた。探し続けろと。少なくとも、俺はあんたみたいに探すのをやめたりはしない」
「この街はもう夢を見るにはいい場所じゃないぜ」
「だけど、俺はここが好きなんだ」
俺達は黙りこんでしまい、お互いの酒を飲み続けた。バーテンダーは素知らぬ 顔でシェーカーを振り、ジュークボックスはためらいがちにラヴソングを歌っている。
突然、店のドアを突き破るようにして1人の男が飛びこんできた。男は俺の前まで走ってきて、息を弾ませながら言った。
「ジョーカー! あんたジョーカーだろ!」
M-2
Like A Rolling Stone
Bob Dylan
「あんたジョーカーだろ? 俺、あんたに会いたくてこの街に来て、毎日毎日あんたを探してたんだよ! 会えてよかった」
俺よりもいつつばかり若そうなその男は、カウンターの俺の隣に座りこんだ。俺は口をポカンと開けて、その男が今までどんなに苦労して俺を探しあてたのかベラベラ喋るのを眺めている。飲んだくれの男はニヤニヤ笑いながら、俺とその男を見比べている。
「ま、そんなわけでとにかく大変だったけど、ここで会えて本当によかった。さあ! 教えてくれよ!」
「教えるって、何を?」
「何をって……あんたが教えてくれるって聞いたから来たんじゃないか。あんたに会えればすべてが解決するって、答をくれるって。そうなんだろう?」
「おまえ、かんちがいしてるぜ。疑問もないのに、答が出せるもんか。自分の答を他人が出せるもんか。第一、俺はおまえのジョーカーなんかじゃねえ!」
飲んだくれの男が、いきなりゲラゲラ笑いだした。俺はため息をついて酒をあおった。男は俺がジョーカーじゃないと分かると、ブツクサ悪態をつきながら店を出ていった。
飲んだくれの男は、ボトルをふり回しながら大笑いして言った。
「おまえ、ジョーカーに会ったら、今おまえが言ったのとまったくおんなじこと言われる
ぜ!」
俺はもうひとつため息をついたが、しまいに吹きだし、グラスに新しい酒を注いだ。飲んだくれの男もグラスを上げ、俺のグラスにカチリと合わせ、陽気な声でわめいた。
「さあ飲もうぜ! 最後のネオンが消えるまで、この街のカーニバルは終わらねえんだ!」
M-3
カーニバル
小山卓治
俺達がつかんだ真夜中の真実は
始発電車に巻きこまれ輝きを失った
作り笑いをこわばらせ1日が始まり
誰もが無責任な顔でエキストラを演じてる
通りに立ちつくし俺達は
ため息混じりにただ夜を待ってる
今夜こそこの手に真実と
報われる夢をつかむんだ
いくつもの夜が過ぎて
いくつもの朝を迎え
俺達ここで生きていかなければ
ちっぽけなカーニバルに乾杯
朝一番のファーストフードの店で、俺達はドーナツをかじり、苦いコーヒーを飲みながら眠気を覚ましている。もう飲んだくれじゃなくなった男が言った。
「この街の中心ってのは、どこなんだろうな。俺も暇だし、つきあってやってもいいぜ。そのジョーカーってやつを探すのを」
俺はポケットから煙草を出した。男はオイルライターで火を点けてくれた。
どんなやつにだって自分だけのジョーカーがいる。そいつを探し続けるか、それとも忘れちまうか。
俺の腹はもうとっくに決まっている。この街の中心にいる、ミスター・ジョーカーを探し
て。
エンディングテーマ
Closing Time
Tom Waits
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