第17話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


 ハーパーのボトルを真ん中に、男2人に女が1人。悪だくみの計画を練る時に使う、ZEROの一番奥のテーブルで、俺達は頭を突きあわせてヒソヒソ声で話している。
「いいか。こいつは今まで俺達がやってきた中でも、一番でかい山だ。これを成功させた
ら、俺達大金持ちってわけだ」
「ねえねえ、いったいどれくらい入るの?」
 女は俺達2人の顔を見比べながら目を輝かせる。
「そうだな。まあ田舎にだだっ広い土地が買えるくらいは入るはずだ」
「結構やばそうだな」
 俺は内心不安を隠しきれなかった。でもそれは男の方も同じみたいだ。女は酒をあおる
と、急に大声で喋りだした。
「素敵! そしたらさ、あたし達3人でそこで暮らしましょうよ。街の暮らしなんかきれいさっぱり捨てちゃってさ。おいしい空気を吸って、今までやってきた悪いことみんな忘れ
て、静かに暮らすのよ」
 男もグラスを傾け、夢見るような目で遠くを見つめた。
「そいつも悪かないな。もういい加減、ここらで足を洗う潮時かもしれねえな。おまえ、どうする?」
 俺はグラスの氷を揺らしながらつぶやいた。
「田舎の暮らしか。それも悪くないな。だけどその前にジョーカーに会わなきゃ」
「あれ以来、あの店のバーテンから何か連絡あったのか?」
「いや、まだだけど、もうそろそろ現れてもいい頃なんだ」
「きっと会えるわよ。そしたらあんたも一緒に行こうね」
「ああ」
 男が酒をグビリとあおって俺を見た。
「じゃあ計画の最後のところだ。おまえはこの店で俺からの連絡を待っててくれ。金の受け渡し場所は3丁目の角。それから一度別れて、夜の2時に街外れの映画館で落ち合うことにしようぜ」
「あたし、車を用意しとくわ。みんなうまくいったら、そのまま車をすっ飛ばして、この街におさらばしちゃいましょ」
 俺達3人はグラスを取り、勝利への乾杯をした。


 M-1
 Easy Money
 Rickie Lee Jones


 その晩は、やけに冷える夜だった。雲行きもあやしく、今にも雨が降りだしそうだった。
 俺はZEROのカウンターで、イライラしながら男からの連絡を待っていた。少し遅すぎる。女はさっき店を出て、車を取りに行った。
 俺は1人で酒を飲みながら、フッといくつかの風景を思いだしていた。初めてこの街へ来た日に見た摩天楼のきらめく窓、路地から通りへ飛びだした時のネオンの輝き、雨の降る夜の水銀灯。この街に来てからの俺の暮らしは、いつも光に照らされていた。今夜、俺はその光から飛びだそうとしている。
 電話が鳴った。バーテンダーが受話器を取り、俺に目配せした。俺は受話器を取り、男の声を待った。
「計画は変更だ。まずいことになって、今追われてる。金は7丁目の路地を入った溝の中に隠してある。そいつを持って逃げろ」
「おまえ、今どこにいるんだ。大丈夫なのか?」
「ヘッ、心配いらねえ。それより早くしねえと金がふいになるぜ。俺の足取りを読まれちまってよ。俺も必ず行く――」
 電話は唐突に切れた。俺は店を飛びだした。
 けたたましいクラクションの音。女が車を飛ばしてやって来て、俺のすぐ横で急停車し
た。
「ねえ! あの店にジョーカーが来てたの! 旅に出るようなかっこしてた。すぐに行けば間に合うわ! 会えるのよ!」
 俺は一瞬ためらった。長い間、長い間探し求めていたジョーカーがいる。
 俺は助手席に飛び乗った。
「7丁目へやってくれ」
「え? だってジョーカーが!」
「7丁目だ!」


 M-2
 Red Shoes By The Drugstore
 Tom Waits


 金の入った鞄はそこにはなかった。代わりに、辺りの壁にべっとりと血がこびりついている。俺は車へ戻り、ハンドルを握りしめ、ジョーカーのいるはずの店へ信号を無視してぶっ飛ばした。女は助手席で青ざめた顔で黙りこんでいる。俺は車を店の前の歩道に乗り上げた所で急停車し、店の中へ飛びこんだ。
 小さく流れるコルトレーン、紫色の煙草の煙、よどんだ空気と何人かの客。俺は客の1人1人の顔の中から、まだ見ぬジョーカーを探した。
 店のドアをゆっくり押し開けて、女が入ってきた。俺は女の顔を見た。女は店の中を見渡し、俺を見て静かに首を振った。俺はバーテンダーに近づく。
「なぜ電話してくれなかったんだ」
「したさ。だけどあんたいなかった。5分くらい前かな。出ていっちまったよ」
 俺は時計を見た。1時47分。女が俺の顔をのぞきこむ。
「どうするの?」
「……行こう」
 俺達は車に乗り、街外れの映画館へ向かった。
 映画館では、アメリカのニューシネマが上映されていた。俺達は暗い客席の一番後ろの席に座った。男は来ていなかった。
 女は横で、声を立てずに泣いている。俺もスクリーンがにじんでくるのを感じていた。
 映画は、傷だらけの2人の男が走りだすストップモーションで終わった。時計は2時をとっくに回っている。俺はゆっくり立ちあがり、女の手を取って言った。
「帰ろう。……俺達の場所に」
 俺達は映画館を出た。外はどしゃ降りの雨になっていた。
 小さなうめくような声が、微かに俺を呼んだ。見ると、映画館の入り口の脇に、男がずぶ濡れで座りこんでいる。俺達は駆け寄り、男を抱いた。男は血だらけの腕を押さえながら、青ざめた顔でニヤリと笑った。
「こんなことで、くたばる俺じゃねえぜ」


 M-3
 傷だらけの天使
 小山卓治

 その日俺達は兄弟になった
 街外れのさびれた交差点で
 2人のシュプレヒコールは風に舞い
 自由な足をふり回してもみた
 俺達は最後に笑うはずだった
 まるで映画のヒーローみたいにさ

 Get Away 優しくしてくれるだけで
 Get Away 本当は嬉しかったんだ
 Get Away でも分かったよ俺達は
 Get Away 傷だらけの天使


 痛々しい白い包帯で腕を首からぶら下げた男は、奥のテーブルで2人の女を相手に、いつものくだらない話でつばを飛ばしている。俺はカウンターでいつもの安い酒をチビチビやっている。隣に座っている女は、ジョークボックスに合わせて鼻歌を歌っている。
 女が俺の方を見た。
「これからどうするの? もうジョーカーはこの街にいないかもよ」
「探すさ。他にやることないもんな」
「そうね。ここの暮らしもまんざらじゃないし」
 俺はゆっくりスツールを降りた。
「どこ行くの?」
「歩くのさ。この街を、歩くのさ。ミスター・ジョーカーを探して」


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits

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