第12話
 ミスター・ジョーカーを探して 
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 オープニングテーマ
 Many Rivers To Cross
 Harry Nilsson


joker12 photo 錆びたスプリングがギシギシ音をたてる古ぼけたソファーベッドで、俺は目を覚ました。
 昨日の酒がまだ体の中でうごめいていやが
る。俺ははれぼったいまぶたをこじ開けて、部屋の中を見渡した。
 コンクリート打ちっぱなしの壁、天井にはむき出しになったパイプの束、ぶら下がった丸いライト、床には無造作に置かれた数冊の本と、空になって転がっているボトル。壁には、モノクロの写真を使った映画のポスターが1枚。朝の太陽が射しこむ窓からの風景は――。俺はソファーベッドから起きあがり、窓の外を眺めた。
 鉄格子のついた窓の外には、港が広がっていた。馬鹿でかいタンカーが停泊し、いくつもの倉庫が並んでいる。薄汚れたカモメとコンクリートの埠頭。潮の香りに灰色の海。
「もう起きたの?」
 ふり返ると、部屋の反対側の隅に木造りのセミダブルのベッド。白いシーツの中からゴソゴソ顔を出したのは、昨日の女だ。


 M-1
 Day After Day
 Badfinger


 2人して床に座りこみ、フォークをカチャカチャいわせながら、俺達は朝食を食べてい
る。女はカチカチのバケットをコーヒーで飲みくだし、髪の毛をだるそうにかき上げながら言った。
「これから先、何か当てでもあるの?」
「いや。何もない」
「ここにいたいんだったら、いてもいいよ。昔、ジョーカーとここに住んでたんだ。あいつのベッド、あいつのマグカップ、あいつのシルバーのオイルライター、あいつの帽子、あいつのシャツ、みんな残ってる。使えば?」
「どうして捨てなかったんだ?」
「だって新しい男ができた時、便利じゃない。もっとも、ジョーカーを探してる男が使うことになるとは思わなかったけどね」
「なんだかジョーカーに嫉妬しそうだ」
「すれば?」
 俺達はお互いの短い身の上話をした。
 偶然という運命に誘われてこの街へやって来て、俺は初めて自分自身の話をしたような気がした。
「あんたって、誰かとすれ違うたびにギシギシ音がして、歩いてるだけで後ろに引きずってるものがズルズル音をたてる。自分のしでかしてしまったことにおびえて、やらかしてもいないことを恐れてるのね」
「たくさんの夢を見てきた。そのうちいくつかは実現して、いくつかは弾けちまった。だけど、夢を見るってことを恐れてはいないよ」
「ジョーカーだったら、こう言うかもね。君はいつも何かにこだわっているような顔をしてる。でも君は、自分に縛られてるだけなんだ、ってね」
「おまえには、理解できないことなんて、何ひとつないみたいだな」
「常識とか建前とか、そんなものがあっても、あたしはそれにたち向かったりしないの。あたしはね、無視するの。さあ、もう話はおしまい。外へ出ましょ」


 M-2
 A Matter Of Trust
 Billy Joel


 ビルの壁に埋めこまれた何10台というテレビのブラウン管に、極彩色の意味もない画像
がいっせいに点いては消え、色を変える。そのブラウン管の前で、人待ち顔で立っている女達。煙草を投げ捨てる男達。
 俺達はその人ごみに紛れて辺りを眺めている。ビルの壁によりかかり、ネオンの照り返しでいくつもの色に染まりながら。
 俺は女の顔を見た。女は、ふと哀しげな表情を浮かべてほほえんだ。俺は体をかがめ、女の唇にキスをした。冷たい唇だった。
 女はうつむき、やがて言った。
「あんたがあの部屋に帰ってきて、“ただいま”って言い続ける間、あたしは“お帰り”って言い続けてあげる。今日からあんたが、あたしのジョーカー」
「今日から俺が、おまえのジョーカー」
「世の中を生きていくために一番必要なもの。それは、想像力よ」


 M-3
 Ilussion
 小山卓治

 電車が止まり扉が開くと
 僕らは行列を作り
 まぬけな顔とすきだらけの背中で
 通りへドッとくり出し
 都会のチンケなジョークにただ笑う

 君のアメリカンはコーヒーだけじゃなく
 今に始まったことじゃない
 綺麗な服着て綺麗な店で
 おいしいものを食べてる君は
 みんなとまったく同じに素敵だ

 僕等は光に集まり都会を作った
 そしてビルの影でチャンスをうかがいながら
 幻のような半端な夢を見続ける


 明かりを全部消した部屋の、セミダブルのベッドの中で、眠っている女、まんじりともしない俺。微かな寝息。女の背中を月が照らしてる。
 この街を漂流し続け、この街を愛していこう。欲望という名の電車に乗り、挫折という名の駅で乗り換え、前進という名の電車で、勝利という名の駅へ向かう。
 眠っている女、まんじりともしない俺。ここにあいつがいるような気がする。
 ミスター・ジョーカーを探して。


 エンディングテーマ
 Closing Time
 Tom Waits


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(c)1986 Takuji Oyama